日本初の分譲マンションと言われる「宮益坂ビルディング」は、渋谷ヒカリエの北隣という一等地に建っていました。長きにわたって渋谷の街の移り変わりを見守り続けてきたこのビルですが、建物の老朽化などの問題から、現在建て替えが進められています。このビルの歴史を、ARUHIマガジン編集部が調べてみました。

日本初のエレベーターガール付きマンション

「宮益坂ビルディング」は、1953年(昭和28年)という日本住宅公団ができる以前の住宅ローンもまだない時代に、東京都が分譲したマンションです。当時の給与所得者の平均年収が約20万円という中で、2DKの物件が100万円前後で販売されました。当時の渋谷には2階建て以上の建物は少なく、11階建ての宮益坂ビルディングは渋谷のランドマーク的存在でした。制服を着たエレベーターガールが常駐する2基のエレベーターや交換手が内線をつなぐ電話室のほか、メールシュートやダストシュート、セントラルヒーティングなど当時の最先端の設備を備え、「天国の百万円アパート」と言われていました。

渋谷の発展とともに変わるマンションの使われ方

分譲当初は1階に店舗、2~4階はオフィス、5階~11階が住宅となっていた「宮益坂ビルディング」ですが、渋谷の街が発展していくにつれて住宅部分の事務所化・賃貸化が進むようになりました。その後、長い年月の間に給排水管や壁面など建物の老朽化が進み、建て替えが考えられるようになりました。2012年4月に建て替えが決定し、2016年2月に解体工事に着手、新たなビルは2019年に竣工が予定されています。建て替え後は、地上15階・地下2階のビルになり、4階までは店舗とオフィス、5階以上は30㎡の1Kを中心とした全152戸の住宅になる予定です。地下鉄銀座線の渋谷駅とスカイデッキで接続される計画もあり、都会のど真ん中の便利な住まいになることはもちろん、新しい文化を発信するビルへと生まれ変わります。

(※写真はイメージです)

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