高級住宅街のイメージが強く、学園都市としても知られる成城。かつては広大な雑木林の広がるエリアだったことを知っていますか?いつから今のようなステイタス感のある住宅地になったのか、ARUHIマガジン編集部が調べてみました。

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成城学園によって開発された都市

成城町は、成城学園の移転がきっかけとなってつくられた街です。成城学園の前身は、今も新宿区にある成城学校でしたが、1923年に発生した関東大震災をきっかけに分離し、1925年に現在の場所へと移りました。成城学園が移転した当時の成城エリアは「東京府下北多摩郡砧村」という地名で、雑木林が広がる地域でしたが、学園が土地を購入して開発・分譲することで街の建設が進められました。学園の後援会によって区画整理が行われ、宅地を開発すると同時に小田急線も誘致。1927年に小田急線が開通した当初から「成城学園前駅」も開設されています。さらに1932年には東宝スタジオ(撮影所)ができたことで、黒澤明や三船敏郎などの有名な映画監督や俳優が住むようになり、大邸宅が建てられ知名度も上昇。その後、1936年に「砧村」が東京市へと併合される際、地名が学園の名前を取った「世田谷区成城町」へと変更されました。

住民の意識の高さが街のブランド力を維持

成城の街には緑が多く、湧水地やゲンジボタルの自生地も残る自然環境が大きな魅力です。“イチョウ並木”や“サクラ並木”は街のシンボルになっており、私有地の庭園や雑木林を一般に開放した「市民緑地」も見られます。2002年には「成城憲章」という自治体が中心となった協定も制定され、塀ではなく生け垣を推奨するといった町並みの保全が行われています。成城のブランド力は、住む人の意識の高さによって守られているのです。一方で、2006年には駅ビル「成城コルティ」がオープンするなど、街は今でも便利に進化し続けています。

(※写真はイメージです)

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