【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『じっちゃんは正面霊』長月竜胆

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた10月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 フードデリバリーの配達帰り、夜道をフラフラと自転車で走っていた。足が重たい。ガクガクする。
「……くそ、地元だと思って油断した。途中に坂があるとは聞いてたけど、こんなにキツイなんて聞いてねえ。考えてみればこっちの方は来たことねえもんな……」
 料理の配達で遅延はご法度だ。想定外の険しい坂道を前に愕然としたが、回り道をしている余裕ものんびり歩いている暇もなかった。根性で挑み、結局途中で自転車を降りて、ヒイヒイ言いながら自転車を押して上がった。
「ああ、帰りは楽だ。ずっと下り坂が良いなあ」
 風が気持ちいい。坂を下りながら、その勢いに身を任せる。
 今日の仕事はもう終わりだ。半日くらい走り回ったか。程よい疲労感と解放感。明日はちょっと早いし、帰ってさっさと寝るかな。
 そんなことを考えながら、坂を下り切った、ちょうどその時だった。道路脇の茂みから、何かが勢いよく飛び出した。
「うわっ!」
 急ブレーキ。うまいことバランスは取れて、直立した状態でピタリと止まった。
「危ねえ……」
 見ると、前方で小さな黒い塊がむくりと動き、二つの丸がキラリと光を放つ。タヌキだ。夜道では割とよくあること。事故らずに済んで良かった。タヌキは道を渡り、どこかへと走り去っていった。
「はあ、ビビったあ。勘弁してくれよ……」
 ほっとして全身に入っていた力が緩む。そして、何気なく左足を地面に着いた時、膝がぐらっと揺れた。
――ああ、やべえ。
 思った以上に足に疲労が来ていたようだ。意識がタヌキに向いて、気が抜けていたのもある。せっかく事故を回避できたってのに、いやあ参ったねえ。もしかして、あのタヌキに化かされました?
 何をしても無駄だとすぐに諦めた頭は、倒れ行く体を無視してあれこれとくだらないことを考えた。まあそれはさておき、とにかく俺は道路脇の草むらへ向け盛大にこけたわけだ。
「痛ってえ! 最悪だ。何なんだよ、今日は。いや、でも配達後で良かったか。配達中だったらそれこそ……」
 ふと、地面に着いた手元に丸い石が転がってきた。
「あ? 何だこれ?」
 拾い上げると、そこには顔が彫られている。
「げえっ!」
 地蔵の首だ。そばには地蔵の胴体も倒れていた。
 マジか。いやいやいや、車で突っ込んだとかじゃねえんだぞ。確かにこけた拍子に突き飛ばしたかもしれない。しかし、そんな簡単に壊れるものか? そうだ。最初から壊れていたという可能性も十分ある。そんな、まさか、だって、俺が……。
 背中が嫌な汗でじっとりと濡れていた。
「……やべえ。地蔵っていくらぐらいすんだ? 修理とかできんのかな」
 地蔵の体を起こし、首をそっと乗せてみる。思いがけずピッタリとはまった。揺らしても落ちない。
「お? よし! これなら大丈夫だろ」
 いや、まあ大丈夫ではないのだが。しかし、形あるものはいずれ壊れる運命。傷や汚れだって風情。ワビとかサビとか言うでしょ。
「すみません、地蔵さん。今金欠で余裕ないんです。これで勘弁してください」
 財布から五百円玉を取り出し、供えようとしたが、迷った後に百円玉に変えた。そして、プライスレスの合掌だけは念入りにして、俺は逃げるようにその場を後にした。

 その日の夜。色々とあって疲れていたこともあり、今日は布団に入るなりすぐに眠りに落ちた。しかし、どうも寝苦しい。いつもなら朝までぐっすりなのに、うなされて目が覚めてしまう。
「何か落ち着かねえなあ。足がムズムズと……」
 そう思って何気なく足元に目をやると、そこに誰かが立っていることに気付いた。
 暗闇でもはっきりと見える。恐ろしい形相でこちらを睨んでいた。絶対に生きた人間じゃない。だってそれは、昨年亡くなった“じっちゃん”だもの!
 布団に潜って頬をつねってみる。痛い。けどこれは夢だ。そうだよ。就寝中の金縛りや心霊現象は夢と現実を混同しているんだってテレビでやってたし。もしくは、寝惚けて幻覚を見たとか……。
 恐る恐る布団から顔を出してみると、やはり腕を組んで仁王立ちするじっちゃんが吊り上がった目でこちらを見下ろしていた。
 うん、いるね。間違いなく。

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