【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『虫捕りばあちゃん』阿部凌大

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた10月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 山道を歩きながら私の手を引くおばあちゃんの手のひらの感触や温かさを、今でもはっきりと覚えている。
「ユウちゃん、今日はお迎えに行こうか」
 おばあちゃんは時々そんなことを言うことがあった。おばあちゃんは首から小さな虫かごを垂らして、虫捕り網を握ると、もう片方の手で私の手を握り、裏の山へと入っていくのだった。
 家に居る時はいつもちょこんと座っている可愛らしいおばあちゃんだったけど、山に入るとぐんぐんと先へ先へと進んでいくのだった。まだ小さかった私にとって、たくさんの木々や虫の声に囲まれた山道というのは好奇心と恐怖心が半々くらいでせめぎ合う場所だったけど、私の手を引くそんなおばあちゃんの姿はどこまでも頼もしく思えた。
 おばあちゃんはいつも捕まえるべき虫がどこにいるのか分かっているようだった。途中で山道が二手に分かれていても、迷いもせず進んだ。
「ほらユウちゃん、いたよ」
 おばあちゃんが指をさした方向を見ると、そこには木にしがみついた一匹のカブトムシがいるのだった。
「ユウちゃん、じゃあそれ捕まえてごらん。手をこういう形にして、そこの出っ張った部分を掴むんだよ」
 おばあちゃんは私に虫の持ち方を教えてくれた。どうすれば虫を傷つけずに持つことができるか、大事なことはそれだけだった。山道を歩き火照った体を、木々の間をすり抜けるそよ風が少し冷やした。私は頬を流れる汗の滴を感じながら、ゆっくりとその手をカブトムシへと伸ばした。
「失敗したら、飛んで逃げちゃわない?」
「大丈夫。ぜったいに逃げないからね」
 指先でそのカブトムシのツノの根元の部分を持つと、そこは私の想像以上に硬かった。そのままゆっくりと腕を引くと、カブトムシは不思議なくらい無抵抗に木から離れた。
「上手上手」
 おばあちゃんの開ける虫かごの中にそのカブトムシを入れる。おばあちゃんはそれを顔の高さまで持ち上げると、嬉しそうな顔をして、「おかえりなさいね」と言った。それはどんな虫を捕まえた時だってそうだった。
 おばあちゃんは一匹の虫を捕まえてくると、それを透明で大きなケースに移した後、大切に大切に飼うのだった。縁側にそのかごを置いて、横でお茶を飲みながらその虫に話しかけていることも多かった。そしてその虫が寿命を終え、その後しばらく経つまでは、新しい虫を捕まえに行くことは無かった。

「おじいちゃんなの」
 おばあちゃんは横のトンボに目をやりながら、私にそんなことを言った。
「ユウちゃんももう六年生でしょう。だからそろそろ話しておこうと思ってねえ」
 おばあちゃんは私に微笑みかけたが、私は言っている意味が全く分からなかった。確かにおじいちゃんは私が生まれる前にもう亡くなってしまっているけど、少なくともトンボではなかった。
「おじいちゃんね、あなたが生まれる少し前に病気で死んじゃったでしょ?その時にね、約束してくれたのよ、もし自分が死んでも、生まれ変わって必ずお前のとこにやってくるって」
 おばあちゃんは楽しそうに話し始めた。

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