【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『家族ボタン』雪宮冬馬

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた10月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

「わたし、弟か妹がほしい」
えぇと、ママは口をへの字にした。
「だってうちのクラスの綾香ちゃん、いつも弟が弟がって楽しそうなんだもん。毎朝学校だって一緒に行ってるんだって」
「でもねぇ」
ママは表情を変えない。
「それに絵美ちゃんのとこだってこの前妹が産まれてね、オムツ替えたりしてるんだって。『お姉ちゃんになれて嬉しい』って言ってたよ」
「そろそろいいんじゃないか?」
ソファで横になっていたパパが起き上がって言う。
「恵ももう小学2年生。善悪の判断だって全くついてないわけじゃないし。あれをそろそろ使ってもいいころだと思うけど」
「そうそう。ぜんあくの判断、ついてるついてる」
ぜんあくの意味はいまいちわかっていなかったが、私はパパの話に乗った。
「あなたがそう言うなら……」
ようやくママが折れてくれて、台所の上の棚から何かを取り出した。まさか、弟か妹が棚の中に隠されているとでも言うのだろうか。
首を傾げていると、ママが言った。
「じゃあ、これ。一回だけよ」
ママの手には何かのスイッチのような、ボタンが乗っていた。前に、映画でこれに似たボタンを押して家が爆発したシーンを見たことがある。わたしは一歩引いた。
「なに、これ」
「これはな、『家族ボタン』だよ」
パパの太い声がリビングにワンと響く。
「家族ボタン?」
「そ。これよく見ると『いもうと』って書いてあるだろ? このボタンを押すとな、押した人にとっての妹が出てくるんだ。もしパパがこのボタンを押したら、パパの妹がここに現れる。恵が押せば、恵の妹が現れる。そしてもう一度ボタンを押すと、出てきた妹は消えるんだ。一度消したらもうこのボタンは使えない。つまり使い捨てのボタンなんだよ」
ボタンを押せば目の前にわたしの妹が現れる。それはわかったが、本当にそんなことが可能なのだろうか。わたしは半信半疑だった。
「どうしてこんなボタンがうちにあるの?」
「いつか恵が弟か妹がほしいなんて言うんじゃないかと思ってね。念のため買っておいたんだ。一応『おとうと』のボタンもあるけど、どっちにする?」
どこで買ったのだろうと疑問に思ったが、わたしの興味は今は目の前のボタンにある。早く試してみたい。
「うーん。弟もいいなぁ。色々とお世話もしてあげたいけど……。妹もなぁ。女の子どうし、気が合いそうだし……決めた! わたし、妹にする!」
「あ、そうだ。言い忘れてた。このボタンを押して家族を出したら、必ずその日のうちにもう一度ボタンを押して、出した家族を消すんだよ」
「その日のうちに? ってことは今出しても今日の夜にはさようならしなきゃいけないってこと? どうして?」
「出した家族を1日消さずにいたら1つ、2日消さなかったら2つ、ボタンを押した人の体に小さなアザができるんだ。つまり、恵が妹を出して、一年間消さなかったら365個のアザが恵の体にできるんだ。いやだろ?」
「それは……うん。でも……」
「いいか。生き物や動物を飼ったり育てたりするってことは、日々痛みを自分の中に蓄積していくってことなんだ。生き物を長く、大切に育てれば育てるほど、たくさんの痛みを抱えることになる。普段その痛みは感じることはないけど、その大切な命を失ったときに初めて、蓄積された痛みがその人を襲うんだ。つまり、命とともに暮らすっていうのは、決して簡単なことじゃないんだ。だから、ボタンを押したら今日のうちにもう一度押して、妹を消すんだよ。約束できる?」
たった1日だけの妹だなんて嫌だと思ったけど、自分に妹ができるチャンスを逃したくなかった。
「うん、わかった」
「よし。じゃあ、このボタン押してみて」
ママからボタンを受け取ったわたしは胸の前にボタンを持ってきた。ちょっと緊張したけど、わたしは勇気を出してボタンを押した。瞬間、目の前がパッと光って、わたしよりも背の低い小さな人影が現れた。光が収まると、そこには女の子が立っていた。

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