【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『ハシワタシ』間詰ちひろ

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた10月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

「サキちゃん、夏休みバイトしない?」
祖母の公代から連絡がきたのは7月の初めだった。公代からのバイトの誘いはこれまでに何度も受けたことがある。旅行中、庭木の世話をしてほしいというものだ。長くても一週間程度の旅行中、祖母宅に泊まり朝夕水やりをする。咲が通っている大学は自宅よりも若干祖母宅からの方が交通の便が良い。そのため家族と喧嘩して自宅が居づらい時や、ネットの配信授業などは祖母宅を利用することも度々だ。
「いいよー。今回はどこ行くの?」咲が返事もかねて質問したら、思わぬ返信がきた。
「市立病院に十日ほど」
えっ? 病院? と驚いていると「夏休みだし、長くなっても大丈夫だよね?」と公代から続けてメッセージがきた。思いがけず祖母入院のニュースを知り、咲は慌ててリビングに向かう。
「おばあちゃん入院するの?」とスマホをいじっていた母に問いかけた。母の望は「7月の終わりに、乳がんの手術。予定変更でスケジュールが前倒しになってね」と心配そうに答えた。
「初秋に入院の予定だったんだけど。早くから言うと長い間心配させるから黙っててって。ごめんね、結果的に心配させちゃってる」と苦笑いした。
「乳がん……」咲がそう呟くと、夏海はうなずき「でも、早期発見だから命に関わるってことじゃないよ。そうは言っても手術するし、心配だけどさ。お母さんも手術の日は立ち合うし、着替えとか荷物届けたりするから。お見舞いは今はできないから、咲はしっかり水やりしてね。猛暑だし、バラなんか枯らすとバイト代くれないかもよ」と母自身、心配しすぎることはない、と納得したい様子で咲にいい含めた。

公代は病院に向かう直前「今回のバイトは水やりだけじゃないんだけど、いいよね?」と有無を言わせない口調で咲に言った。
「草むしりとか?」と咲は聞いたが、公代は「夕飯をさ、一緒に食べて欲しいんだよね。森さんと」と答えた。
「森さん? って、お向かえの?」
「そう。顔見たことくらいあるでしょ?」
「どうかなあ……? でも、なんで? 全然知らないし、気まずいでしょ」咲がそう言うと、公代は「バイト代はずむからさ。夕飯、自分で作るのも面倒でしょ?」と言い放った。食い下がる咲に「詳しい事情は面倒だから、森さんに聞いて」と強引に話を終わらせてじゃあねと病院に向かってしまった。

「十八時半ね。森さんにはもうサキちゃんが行くって言ってあるから」入院手続き、完了! という通知の後に、公代から念押しでメッセージが届いた。いつもの水やりと思い込み安請け合いした気もするが、祖母が安心して入院できるならやるしかない。そわそわと、何度もスマホの時間を見ては、咲はどことなく緊張していた。

手土産は不要だと公代から言われていたので、スマホと家の鍵だけを持って、お向かえの森家を訪問することにした。三十秒もかからない距離だが、咲の足取りは重かった。何度かためらった後、えいっとインターフォンのボタンを押した。
「はあい」おそらく待ち構えていたのだろう。家の中から大きな声がした少し後に玄関の扉があいた。
「こんばんは。あの、向かえに住む祖母の、徳田公代の代わりで、夕食を……」あたふたと挨拶をする咲を見て、公代より少し年上に見える老婆は笑った。そして「そんなとこでモジモジしてたら蚊が来るから。どうぞどうぞ」と招き入れた。
森家の殺風景に見えるダイニングに咲は通された。食卓にはすでに所狭しと料理が並べられている。これほど品数を準備するにはさぞ大変だったに違いない。咲にとって森は初対面だし、果物でももってこればよかったと後悔した。
「徳田さんからお名前は伺ってるの。咲さん、ってお呼びしていい? 私は森陽子って言います。お話しするのは初めまして、ね」緊張している咲を見て、森は明るく自己紹介をした。咲も気を取り直して「藤野咲です。祖母がいつもお世話になっています」と頭を下げた。とはいえ、どう振 る舞えばいいのかわからず戸惑っている咲に対して「とりあえず、座って。なんでこんなおばあ ちゃんとご飯を食べてもらうのか、食事しながら話ましょうね」と少し困った様子で老婆は笑った。

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