【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『退屈なコピペの日常』木戸流樹

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた10月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

俺は「毎日同じことの繰り返し」とか考えてしまうような人間にはならないように努力していた。

コントロールと C、コントロールと V。学生時代も社会人になった今もパソコンで頻繁に使うショートカットキー。コピーとペーストのショートカットキー。
現実ではこのキーは使わないように、毎日違うご飯を食べて、毎日違う本を読んで、毎日勉強して、運動も欠かさず毎日違うメニューをこなしていた。でも確かに毎日は少しずつ違うけど、ほんとうに少しだけなんだって気づいてしまった。一応、毎日は完全に同じじゃない。だからコピペなんてしてないつもりだったけど、これってコピペした日常を微修正してるだけだったんだよね。

さて、仕事が終わったのでコンビニで晩御飯を買って帰る。最近はカツ丼にハマっていてここ 2 週間くらいはずっとそれだ。自炊してた頃より食費はちょっと増えたけど、本も読まなくなったしジムにも通わなくなったし、全体の出費はかなり減った。同じことの繰り返しの毎日を受け入れた後の方が気持ちが軽い。気持ちが軽いと体も軽くなる。今日は駅まで走って帰ろう。
コンビニの袋が暴れないように気をつけながら半分スキップのような小走り。ガッ。あ、歩道の段差につまずいた。ズシャァ。こけた。手を擦りむいた。痛い。前を見るとカツ丼が袋から出てひっくり返っている。一緒に持っていた仕事用のカバンの上で。あーあ、変に普段と違うことをするとこうなる。いや運動不足になったからかな。……どうでもいいや。コントロールと Z。コントロールと Z。コピペはあんなに簡単なのにアンドゥはできないのかよ。ちょっとつまずく前に戻るだけじゃないか。閉店したカフェの窓に映った情けなく泣いている自分と目が合う。こんな自分を認めたくなくて目をそらす。
「あー、クソッ!」
涙が止まらない。コピペして反転しただけのつまらない世界の自分がまだこっちを見てい るような気がする。もう一度窓の方を見る。高校の制服を着た俺が茫然とこちらを見ている。

それから窓の中の俺は回れ右をしてどこかへ走って行ってしまった。
あーあ、高校生の自分に見捨てられた。こんな大人になった自分を見て失望したのかな。そんな馬鹿げた妄想のおかげで少し冷静になった。涙は収まった。ぐちゃぐちゃになったカバンとコンビニ袋を拾い上げる。カツと玉子をコンビニ袋に入れて縛る。ベトベトするなあ。服装を整えるために窓を見る。…あれ、俺がいない。窓には後ろの建物と道路を行き交う車だけが映っている。

電車に揺られながら外の景色を眺める。やっぱり窓に俺は映っていない。その分いつもより景色が鮮明に見えて綺麗だ。いや、いつも外の景色なんて見てなかったか。この電車は時速 100km 近くのスピードで走っている。地上に落ちている夜の光たちはなんとかそのスピードについてこようとするけど、ゆっくりと離されていく。バイバイ。空を見る。君たちはずっとついてきてくれるんだな。家まで来てくれたらちょっと高いお酒を飲みながら語り合おうか。

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