【ARUHI アワード2022 9月期優秀作品】『渕上家(ふちがみけ)の義理族(ぎりぞく)』河村みはる

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた9月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

「義母の気に入るよう、ベージュをベースにコンサバにファッションをまとめたのに、冴えない、つまらないと一蹴されて落ち込む、いたいけな嫁」
 そういいながら、壁によりかかり、ポーズをとる淵上翔子。
 カメラマンの前園が苦笑する。
「翔子ちゃん、笑顔なしが定着してない?」
 アンニュイな目線を返す翔子。
「でも最近、こんなのも出ているんですよ」
 撮影に立ち会っている編集部の彩智がタブレットの画面を前園に見せる。
翔子が飾る表紙を初めて担当させてもらった時、笑顔なしでの撮影をどうまとめてよいか頭を抱えていた彩智だったが、それもいまや、ナシからアリに変えてしまっている。
「翔子さんの画像に吹き出しつけて、ほら、『夫の実家にせっかく取り寄せたお土産をもっていったのに、口に合わないって返され落ち込む嫁』とかつぶやかせるんです。あ、これなんかほら、正月に夫の実家に帰るのが嫌でカレンダーをみる嫁、って、スマホみている画像でつぶやかせていて、地味に染みますよね」
「そりゃそうよ。公然と義母とうまくいってないっていう嫁なんてそういないんだもの」
 シンプルなワンピースにヴィンテージグッチのベルトがさりげなくアクセントになり、シックな印象を与える。編集長である蒼井嶺のヨーロッパの石畳を歩いていそうな佇まいは、雑誌の風格を体現しているといってよいだろう。ファッションを知り尽くした者がいきつく、引き算にたけたスタイルというものだ。タイムレスなスタイルには同業者にもファンが多く、彩智も憧れのまなざしで髪型からファッションまで盗もうと必死な様子だった。
「翔子ちゃんのお義母さま、とてもきれいな方だから、オープンにやりあっても、どこか絵になるのよね」
 タブレットで翔子のインスタを彩智が開く。
上背のある和服の上品な女性がやんわりと花を押しやっている画像。
向かいには悲しげに花を見つめる翔子。このように嫁と姑の日常的なやりあいが、一服の絵のように投稿されているのだ。
投稿をスクロールしていくと、同じように、美しいがなにやら不穏な気配を閉じ込めた投稿が並んでいる。どれもコメントはなくても、ドラマが伝わってくるような、生生しさがありながら、被写体の美しさが謎めいた西洋絵画のような魅力を放っている。雑誌の読者層はもちろん、若い年代の女性からもおもしろがられている。もちろん、一番のファン層は、姑との関係に悩む女性たちだ。
 撮影を終えた翔子が嶺たちの方にやってくる。
「お疲れさまでした、翔子さん。雰囲気、すごく出ていました」
「なにファッションっていうのかしらねえ、こういうの」
と嶺がからかう。
「嫁、ひそかにリベンジ計画中ファッション、とか」
と翔子が冗談めかす。

 撮影を終え、私服に着替えた翔子がスタジオを後にする。撮影時のファッションとどこか重なる部分を感じさせるスタイル。それは、翔子のイメージが雑誌で紹介する翔子のコーディネートのページに影響を与えているからだろう。
「淡島通りの方に向かってもらえますか?」
 タクシーに乗り込み、座席に身をゆだねる翔子。
「笑わなくても疲れはするものね」
とつぶやく。
車窓から流れる並木の姿をぼんやりとみているうちに、頼まれていたものを思い出す。
「すみません、運転手さん、少し遠回りしていただけますか?」
と疲れた体を起こす。

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