【ARUHI アワード2022 8月期優秀作品】『アロハシャツとジーンズ』ウダ・タマキ

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた8月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 選択を誤ったかもしれないと思ったのは、洗濯を誤ったからだ。いや、くだらないシャレじゃなくて、マジでシャレにならない事件が起きたのは新婚生活が三ヶ月を過ぎた頃だった。
 俺のお気に入りのアロハシャツが縮んだ。それも小学五年生がジャストフィットするくらいのサイズにまで。

「乾燥機に入れた方が、はやく乾くと思ったから」
 莉子は今にも泣きそうな表情を浮かべた。
 これまで何度か起きた家事のミスを許してきたのは俺だ。莉子は家事ができないのを承知の上で結婚を決めたのも俺。

 莉子は仕事ができる上司だった。誰に対しても臆することなく意見し、行動が早い。
「仕事は信用が一番だからね」
 よく忘れ物をし、遅刻癖のある俺に向けたいつかの莉子の言葉。
 仕事において対局にいる莉子が俺の告白を受けた理由は「一緒にいてあげないと心配だからね」というものだった。
 少し腑に落ちなかったが、ダメ元だったから、まぁよしとした。

 交際して三年が経ち意を決してプロポーズしたときには、莉子は目に涙を溜めて首を縦に振った。
「ありがとう、嬉しい。でも、私、家事は全くできないよ」
「そんなの一緒にやればいいさ」
 俺は莉子を引き寄せ胸に強く抱いた。いつも勝気な莉子が見せる弱さのギャップに萌え、鼻先に優しくキスをした。

 新婚当初は不器用な莉子が愛らしくてたまらなかった。交際している頃には知り得なかった一面。仕事とプライベートでの立場は逆転し、俺がいないとダメな奴だと多少の失敗は許せた。仕事では完璧主義な彼女から頼りにされるのは、むしろ至極幸せな気分だった。
 グリルから黒い煙が上り秋刀魚が見るも無惨な姿になろうが、水加減を間違えたご飯がお粥になろうとも寛大な気持ちで許容した。

 しかし、である-
 今回の件は別問題だ。
 長年ビンテージの古着をこよなく愛してきた俺にとって、八万九千八百円で買ったアロハは宝物だった。どうしても許せなかった。が、莉子の憂いに満ちた顔に「い、いいよ。次から、気を付けようね」と歪んだ笑みを浮かべ、折れるんじゃないかってくらいに歯を食いしばり堪えた。
「怒ってる?」
「いや、だ、大丈夫」
「伸びるかな?」
 莉子がアロハをピンと広げて首を傾げる。

 伸びるわけねーじゃん! 

 いっそ声を張り上げ、怒りを表出した方が良かっただろうか。こんな俺の態度が事態うやむやにしているのかもしれない。
 いや、家事のことで文句を言おうものなら怒涛の如く反論されるのは容易に想像できる。
「はじめに家事はできないって言ったよね。それを了承したのは、あなたでしょ? そもそも、仕事でも・・・・・・×%#●△◇!」
 論破!
「すみません」と、直立不動の俺が深く頭を下げる姿まで鮮明な映像として目に浮かぶ。マイナスのイメージを想像することだけには、
悲しいかな長けている。

 アロハ事件の翌日、莉子はオフィスで部下たちに毅然とした態度で指示を出していた。誰ひとりとして、彼女が俺のアロハを初歩的なミスで縮ませた犯人だとは知らない。申し訳なさそうに背中を丸めて小さくなっていたことも。
 仕事の顔とプライベートの顔を知るのは俺だけ。
 萌える-
 いや、そんな場合じゃない。

 言いたいことを内に秘め続けるのは、ストレスを増大させるだけだと十分承知している。
「我慢せず口に出しなさいよ」
 ある時、俺の肩を叩いてそう言ったのは莉子だった。俺のポリシーは時が全てを洗い流してくれるというもの。ジッと我慢の子なのだ。

 しかし、その時が経つより早く莉子がまたやらかした。
「汚れが気になったから、部分洗いしてみたの」
 莉子はテヘッと舌を出し、ジーンズを広げて見せた。見事に色落ちした股のあたりに、白く丸い大きなシミが一つ。
「もしかして、漂白剤?」
「そう」
「塩素系の?」
「私、文系だからよくわかんなくて」
 何系とか関係なく、これはマジでやっちゃいけない凡ミスだ。
「この白いの、落ちるかなぁ」

 もう落ちちゃってんだよ!

 声を発することはなかったが、代わりに俺の鼻から激しい息がフーフーと漏れた。

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