アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた8月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 ワンルームの新居に来たら、花で埋もれていて足場がなかった。
「……わーぉ……」
 ネイティブなWOWという声が漏れてしまったのなんてすごく久しぶりな気がした。
 おかしいな。この部屋は荷物を持ってはじめて入るはずなのに。今日からここで新生活がはじまるその予定だったはずなんだけど、間違えてしまったかな。スマホのメール見たけど間違いない。はい。
 あまりにも当然のように植木鉢や水バケツに入った切り花が大量に置かれているものだから、僕の存在が場違いのような気がする。実際に僕に足の踏み場はないわけで。
「あのー。そこに立たれてどうしたんですか?」
「どうしようかなって」
「はい」
「いや、僕、今日からここに住むはずだったんですけど……」
「えっ……。ちょっと待ってくださいね!」
 その女の子……いや、女の子という年でもなかったかもしれない。女性に年齢を訊くのも失礼かもしれないだし、元々パッと見で年齢なんてわからない。
 両肩に荷物を下げたまま、慌てて走り去る後ろ姿をぼんやりと見つめていた。

「——すみません! 本当にここに入居する予定だったんですね」
「はい」
 ふわふわとしたクセのあるショートが勢いあるお辞儀でばっと下がった。
 どうしてこんなことになったのか聞いてみれば、彼女は最近オープンした花屋さんらしい。部屋を間違えて、倉庫兼庭兼作業場にしていた。
 そんな話があるだろうかと思ったが、どうやら大家さんの方でも勘違いがあったとのことで……。だから今日入居するはずだった僕の部屋にスペースはないのだ。でも荷物を持ってきてしまっていた。今日寝るところも当然決まっていない。
「……仕方がないから……いいですよ」
 そう言ったら、その子はほっとした顔でありがとうございますと頭を下げて——そして僕は、この部屋で大量の花に囲まれて暮らすことになってしまった。
 ……うん、そういう解釈になったのか。そうかー。元々寝る所とスマホとトイレ・シャワーがあればそれで平気といえばそうだけど……そうなるかなぁ?
 大家さんはと言えば彼女のことをいたく気に入って応援しているらしく、部屋がそのまま使えることになってよかったじゃないかとのこと。そっかぁ。

 入居してから数日。僕は外へ出ずに花の香りに満ちた部屋にこもっていた。空いた時間で、一つ一つの花にせわしなく世話をする彼女の姿をぼんやりと眺めて、思わず呟いた。スマホを見ているのにも飽きて手持無沙汰だった理由の方が大きい。かかってきた電話を無視して、彼女に声をかけた。
「……あの……手伝いましょうか?」

 その一言で、アルバイト代をもらいながら手伝いをすることになった。内容はお花の手入れや梱包、配送の準備。時給は最低賃金。そういえばじわじわ上がってたね。まぁまぁお得な気分だ。
 少しずつやっていくうちに花の種類も覚えてきた。なんていったって花は色が違う。色はかなりわかりやすくて区別がつきやすい。なんてったって人の名前より短いし、見てわかる。この点、人だと毎日服の色が違うから困る。
 バラとひまわりとチューリップくらいしかパッと出てこない僕でも、入居初日に「花だなぁ」とかたまりでしか見えなかった僕も覚えてきた。多分両手くらいは言えるようになった。
「いつも手伝ってもらっちゃってすいません〜! 何かあったら言ってくださいね!」
「うん、大丈夫だよ」
 枯れた葉を落としたり、配送用の植木鉢をていねいに箱に詰めたり。黙々と手を動かしながら、時には雑談をする。実にバイト感ある。
「……お花屋さんにはなりたくてなったの?」
「そうなんですー子供の頃からずっとなりたくて! 私結構そそっかしい所があるので、本当にいろんな人に助けてもらってばっかりで……あなたにも!」
 花が誰かを笑顔にする。自分もそんな幸せを届けられるようになりたい。そう言って彼女は笑う。花に向かって笑顔を向ける。そういう風に思えるなんてすごいな。充分才能だと思う。
「いい天職に出会えたんじゃないかな。とても素敵なことだと思う」
「ありがとうございます!……今更これを訊くのもですが、こうしてお世話をお願いしちゃってますけど、お花は好きでしたか?」
「……うん、好きだよ。こうやってお世話をするようになって、もっと好きになったと思う」
「それはよかったです!」
「でも、誰かに贈られる花って、そんなことを考えたこともなかったなぁ。……僕は想像力が足りてないのかも。だからいつもなんか人を怒らせてしまって」
「そうなんですか」
「会社でも怒らせちゃったしね」
「だからこのところずっとお手伝いしてくれてたんですね?」
「そうなんだよー」
 怒鳴られて驚いて、面倒になって行かなくなってもう一週間以上は経つ。何度もかかってきた電話からも逃げていたらそのうちかからなくなった。部屋の中でバイトできるなら、実家に戻って説明して頭を下げることからも逃げられる。
「中学校の時、人見知りが本当にひどかったんだけど、机の上に花が飾られてあってさ」
「えっ」
「でもうれしかったんだよ」
「……」
「僕はあまり物を知らなくて、たくさん花を見た時ってお葬式の時くらいだったかなぁ……こんなにキレイだから、死んだ人の特権なのかと思ってたんだ」
「だからあの花瓶の花がさ、これは自分のための花だって思うと、うれしくて」
「……なるほど?……じゃあそれはあなたにとっていい思い出だったんですね」
「うーん、そうかもしれない。……そうだと思う」
「そうでしたか!」
 今では自室で毎日たくさんの花に囲まれている。いやぁ人生わからないものだ。こんなこと棺桶に入るまで起こらないと思っていたから、ラッキーだよね。はじめてそう思えたかもしれない。
 日々入れ替わるとはいえ、色とりどりの花々たち……名前は……名前は覚えるのがね。たくさんいるから。まだ親しくなりつつある段階だからもうちょっと待っててほしいところだ。
 そんな具合で、この黙々とした視覚的に鮮やかで明るい職場は継続だ。やっているうちに輪ゴムが切れてしまう回数も減ってきた。
 時間まで適当に手伝って、飯時にコンビニに弁当を買いに行って、夜は今はもうまさに一畳ほどの寝るスペースを確保してある。スマホもスキマ時間に見るけど、会社関係はブロックしてある。完璧だ。
「そういえばお店の方にだんだんお客様が来てくれるようになったんです」
「そうなんだ」
「もしよければ、お店でお花をお渡しする仕事ってどう思いますか?」
「正直ピンと来ないなぁ……。僕は今やってる手入れも好きかな」
「じゃあそれで!」
 ありがとう。素敵な新生活になってよかったよ。

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