【ARUHI アワード2022 8月期優秀作品】『物置の神様』水多千尋

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた8月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

これは僕がS町に住んでいた頃の話だ。
 我が家には小さいながらも庭があった。しかし、僕が遊ぶスペースはほとんど無く(子供用のプールを置けば、すぐにいっぱいになってしまった)、その大半を陣取っていたのが屋外物置だ。
 最近では一見してそれとはわからないようなお洒落な物置があるようだが、我が家の物置は台風の直撃を受けてもビクともしないような、金属性の物置だ。
色は鉛、形は真四角、扉はスライド式の二枚扉。その他デザインにこれと言って特徴はない。屋外物置と聞いて、多くの人が最初にイメージするものに近いと思う。
そんな飾り気もない簡素な物置も、幼い子どもにかかれば遊具に変わる。
僕だって例外ではない。僕はその物置を「秘密基地」と呼んで、頻繁に出入りしていた。
自分の部屋に置けないようなもの(とはいっても、小学生なのでたかが知れているが)をせっせと物置の奥の段ボール箱に保管したり、当時大流行したトレジャーハンターの映画の影響でマイブームとなっていた探検ごっこの拠点に見立てたりした。お祭りの景品で当てた懐中電灯で、手作りの宝の地図を照らして、大冒険を妄想するのだ。物置の中にあるシャベルやヘルメットも雰囲気づくりに一役買っていた。
よく考えれば、物置の中には灯油タンクや父が洗車の際に使用するワックスなどがあったせいで、独特な臭いが充満していたはずだし、真夏には熱中症で倒れてしまいそうなほど室内が高温になる時もあったはずだ。
それでも僕にとってあの物置は特別な場所だった。
なぜなら、そこには神様が住んでいたから。
僕は無神論者なので神様に詳しくない。しかしあの場所で起きた奇跡のような出来事を振り返ると、あの物置にいたのは幽霊でも宇宙人でもなく、やはり神様だったと考えるのが一番自然だと思うのだ。

ボッコ。
それが彼(あるいは彼女かもしれない)の名前だ。いや、正確に言えばボッコが名乗ることはなかったので、僕が勝手にそう呼んでいただけだ。
由来は鳴き声だ。
ボッコ。ボッコ。ボッコはまるで咳をするように、そんな鳴き声をあげた。
背丈はそれほど大きいわけではなかっただろうけど、よくわからない。
二足歩行だったかも、四足歩行だったかも、そもそも足が地面についていたかどうかさえも判然としない。ボッコの容姿に関する記憶は、まるで夢の中の出来事のように、脳内から綺麗に消え去ってしまっているのだ。
それがボッコの成す奇跡の一部なのか、約三十年という歳月のせいなのか確かめる術は、もうどこにもない。いずれにしても、僕が鮮明に覚えているのは特徴的なあの鳴き声と、ギョロリとした二つの目だけだ。
ボッコとの出会いは、僕が小学校一年生の頃だったと思う。
その日も僕は物置の中にいた。
前述した通り、当時の僕は映画の影響で探検ごっこをすることが多かった。次第に妄想では飽き足らず、テンガロンハットの代わりに麦わら帽子、鞭(その映画の主人公は鞭が武器だ)の代わりにロープを使って、コスプレまがいのことをするようになった。とはいえ、親の前で一人、戦いごっこに興じるには気恥ずかしさもあったので、物置でこっそりと楽しむのだ。
こういう時に、お兄ちゃんや弟がいればいいのに。一人っ子の僕はよくそんなことを思った。
いつもの通り、僕はスペアタイヤや脚立を端に寄せて子ども二人分ほどのスペースを確保した。そしてロープを短く持って、頭の上で回し始めた。
頭の中で流れるのは、一度聞けば誰でも口ずさみたくなる、あの有名なテーマソングだ。
物置の奥から声がしたのは、ちょうどその時だった。
ボッコ。
心臓が宙返りした。
「だ、誰かいるの……?」
 僕は震える手で、懐中電灯を声のした方へ向けた。
 ボッコ。ボッコ。
 灯りに照らされて、スペアタイヤの穴からギョロリとした目が覗いた。
 勇敢で屈強なトレジャーハンターに憧れていた割には、僕はひどく小心者だった。友達から「口裂け女」や「人面犬」の話を聞いて、しばらくトイレに行けなかったくらいだ。実を言うと、例の映画の恐ろしいラストシーンも長い間トラウマだった。
 しかし、ボッコに会った時には、なぜか恐怖心を抱かなかったような気がする。
 それは、ボッコの目が子犬ように愛らしく、穏やかだったことに他ならない。
 神様に年齢という概念があるかはわからないが、ボッコはまだ幼かったのかもしれない。
「……一緒に、遊ぶ?」
 子どもは不思議だ。まだ常識に染まり切っていないせいかもしれないが、不可思議な出来事や得体の知れない相手に対しても、分け隔てなく接することができるのだ。
 ボッコ。ボッコ。
 僕のお誘いに、ボッコはとても喜んでいるように見えた。

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