【ARUHI アワード2022 8月期優秀作品】『姉の晩酌』サノアイコ

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた8月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

姉が苦手だ。
例えばこういう状況。
夕方、大学から帰宅すると タンクトップに短パン姿の姉が
整った顔をクッションでぐんにゃりと潰し、美脚を放り出して眠っている。口をがっつり開けていびきまでかいて。
テーブルには空いたワインボトルとポテトチップス、6Pチーズのゴミ。
なんなんだこの生き物は。
今日も昼から飲んでいたのだろうか。心から軽蔑する。
他にもこういう状況。
母とわたし、姉の3人で晩御飯を食べている時
「ねねね、サヤの彼氏の名前なんだっけ?サイダーみたいな名前だよね?」
「あはは、サイダーって。ほとんど正解じゃないの」母が笑ってわたしは黙った。

「しかもさーけっこうイケメンだったよねーお父さんちょっと照れた顔してたし」
「そうそう、サヤが三ツ矢くん送ってった後に、ちょっと襟のついた服でも着ればよかった、とか言ってたしね、お父さん」
「えー!なに、お父さんそんなこと言ってたの?ウケる」そう言ってハイボールを豪快に飲んで笑った。
人の彼氏の名前を飲料水化しない欲しい。(でも確かにだいたい合ってる)てゆかウケるとかもう古くない?
そして更にこういう状況。深夜。
わたしがアニメを観ていると
「サヤちゃーん!た、だ、い、ま ー!」
酔っ払った姉が、更に酔っ払うためにビールを買って帰宅。
「お姉ちゃん、うるさい」
「えへへへサヤちゃん~あたしと飲みなおそうよう~」
「やだ」
「そんなこと言わずに…さぁ…」
と、そこまで言って小さくゲップをして黙った。酔っ払いの急な黙り込みほど怖いものはない。
「…お姉ちゃん?え?吐く?」
「吐かない…けど、なんかちょっと気持ち悪いかも…」
「え、え!やだ、ちょっとトイレ行ってよ?!」わたしが慌ててトイレへ連れて行こうとしたら
「うん、だいじょうぶー」
言いながらプチゲロを吐いた。しかもちょっと笑って。
以上のことで
わたしは姉が、姉の晩酌が苦手だ。
「あはは!いいなぁ俺もお姉さんと飲んでみたいなぁ」

三ツ矢くんは言う。
「そんなにお酒飲む人がいいの?」わたしは少しムッとした。
「俺はね。だって酒好きだし」あと、と続けて
「やっぱちょっとエロいじゃん」帰ってやろうかと思った。
けど、せっかくのデートを台無しにしたくないのでにっこりとして、話題を変えた。

今年で29歳になる姉とわたしは歳が7つ離れている。
明るく、活発で美人。
すらりとのびた手足で走るのも速かった。男女問わず友達がたくさん居て
小さい頃は一緒に遊んでもらったりもした。
(ちなみにわたしの初恋は、姉の男友達の“タキザワくん”)
姉は
わたしにないものを全て持っている。
自由も奔放も。新品も経験も。
お姉ちゃんが居なければよかったのに。言ったことないから、
言ってみたい。

「サヤ、これ来週借りていい?」
帰宅すると、玄関で姉がわたしのパンプスを履いていた。手には今日の晩酌、缶ビール。
「やだ、てかなんで勝手に履いてんの?」
「えーいーじゃん。あたしもピンクとかたまには履きたいんだって」
お風呂の匂いと、ビールの匂いが混ざった姉の匂い。無視してリビングへ向かう。
「あんな可愛いピンク、あたしだったら買えなーい、って」母が晩御飯を用意しながら言う。
「なにそれ」
わたしは麦茶を一気に飲んだ。
「お金あるんだから自分で買えるじゃん」
「ふふ、羨ましいのよ。サヤのことが」
意味がわからない。
飲み干したグラスの底を見つめて聞いていないふりをした。
家族は、大切だ
だけど少し離れていたい特に、姉とは。

「よくある話じゃん」
就活を諦めたびびちゃんは金髪ショートにイメチェンしている。
「サヤのお姉ちゃんはずっと美人で、ずっとモテて、ちっちゃい頃から変わってない。で、そんなお姉ちゃんが嫌いな妹」
「嫌いっていうか、イヤなだけ」
「それ字一緒」
「ニュアンスが違う」
「うわ、めんどくさ」 びびちゃんは呆れて笑う。
「でも、あたしはひとりっ子だからさ」

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