【ARUHI アワード2022 7月期優秀作品】『新しもの好きの彼女』三輪ミキ

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた7月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

新しいパン屋ができたの、と言って君はぼくの前に厚切りのトーストを出した。
一週間前は新しいケーキ屋ができて、その前は新しい冷凍食品屋だった。いつも君の周りには新しいものがあって、いつの日か、新しい夫なの、と知らない誰かを紹介されるんじゃないかとドキドキする。
なんとかぼくも新しくいたいと思って、髭を剃ったり、新商品を食べてみたりするんだけど、新しくなった気がしない。君が、新しい、と言いかけると、ぼくの心臓はドキリとする。
いつの日か君はぼくを、古い夫なの、と誰かに紹介するのかな。
その時ぼくは、なんて挨拶をすればいいんだろう。
君は新しいものが好きだね、と言うとニッコリ笑う。うん、大好き、と。
その笑顔が好きなのに、ぼくは悲しい気持ちになる。ぼくはもう君にとって、新しくないはずだ。古女房という言葉があるように古旦那とでも言うのだろうか。新しいものが好きな君に、古い物に対する愛着なんて、あるのだろうか。
断捨離だ、と部屋を片付けまわる君を見ていると、いつかぼくもサクッと捨てられそう。新しくなければ捨てちゃうなんて、どうすればいいんだ。産まれた途端に古くなっていく定めなのに。ぼくはきみの髪が白くなっても、顔が皺くちゃになっても、君でいることに変わりはないと、だから古くなっていくぼくのことも捨てないで、と切に願う。
焼きたてのトーストにかぶりつく。新しい味がする気がする。濃厚なとか、生クリームのとか、そんな感想はもう使い古されたのかもしれない。新しい感想を出すのもぼくには無理だ。美味しいね、としか言えない。
ほんとにまったくさ、と君は腕を組み、ぼくを見つめている。
ついにその日が来たのかと、ぼくの顔は強張る。
サンドイッチにするとミミは硬いから切り落としてって言うくせに厚切りのトーストはミミも食べるし、この前もショートケーキが好きって言いながらチーズケーキ取ったし、自分じゃナポリタンしか作らないからナポリタンが好きなのかと思ったら冷凍のキノコパスタ平気で食べてたし、十年も一緒に居るのにまだまだよくわからないことだらけ、不思議ねあなたって、毎日がドッキリよ、まったくいつまで経っても新鮮だわ、と君は口を尖らせて、そしてニッコリと笑った。

おしまい

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