「IT重説」「契約書の電子交付」… 住宅の契約で進むデジタル化 注意点を解説

私たちの生活の中で、デジタル化が急速に進んでいます。対面接客が主体の住宅業界でも、デジタル化が広がりつつあります。コロナ禍では、「オンライン内見」と言われる、現地にいる不動産会社のスタッフとインターネットでつないで、自宅などでパソコンやスマホの画像を見ながら内見するという方法が広がりました。

政府もまた、行政のデジタル化が遅れていると指摘され、デジタル庁を創設するなどでデジタル化を加速させています。社会実験をしたり法改正をしたりして、住宅の契約に関わるデジタル化も慎重に進めています。そこで、今回は「IT重説」をはじめとする、住宅の契約場面でのデジタル化について紹介しましょう。

対面でしかできなかった住宅の契約場面

実は、宅地建物取引業法では、住宅の契約などが対面でなければできないことになっていました。賃貸であれ売買であれ、住む場所を決めて多額の費用を払うことになり、消費者サイドの影響が大きいからです。

まず、宅地建物取引業法では、契約前に知っておくべき重要な事項を宅地建物取引士が「対面」で説明することを定めています。これを「重要事項説明」、略して「重説」といいます。つまり、契約をする前に必ず、重要事項説明を対面で行うわけです(ただし、賃貸借契約の場合は、仲介する不動産会社に重説が義務づけられていますが、不動産会社が貸主でその不動産会社と直接契約する場合では重説は義務づけられていません)。

次に、「重要事項説明書」や「契約書」は書面を作成し、宅地建物取引士が記名押印したものを相手方に渡すことと定めています。説明を受けた側も記名押印をする必要があるので、対面で行うか、郵送等でやり取りをする必要があります。これまで一般的には、宅地建物取引士と対面で重要事項説明を受けた後、続けて契約書の内容の説明を受けて、印鑑を押して書類を受け取るという方法が行われてきました。

社会実験を経て運用が始まった「IT重説」

重要事項説明を対面で行うためには、遠方であっても必ず出向かなければなりません。たとえば、子どもの就学のために遠方で賃貸住宅を探す場合に、契約する物件を決めて一度地元に戻ってから、契約のために親が再度出向く必要があります。投資目的で売買を繰り返す人のように、契約行為に慣れている人でも、契約の都度出向く必要があります。

こうした移動による負担の軽減を求める声もあって、IT技術を活用した「IT重説」の取り組みが始まりました。国土交通省は、2015年からIT重説の社会実験を始め、社会実験が先行して始められた「賃貸取引」については2017年10月1日から、「売買取引」については2021年3月30日からIT重説の運用を可能としました。国土交通省が作成した「実施マニュアル」によると、IT重説の大まかな流れは次のようになります。

●事前の対応
・双方向でやり取りできるIT環境かどうかを確認する
・IT重説の意向を確認し、双方で同意する
・不動産会社が重要事項説明書などを書面(宅地建物取引士の記名押印済)で送付する

●当日の対応
・双方のIT機器の画面上で、契約者本人であること、説明するのが宅地建物取引士であることなどを確認する
・事前に送付された書面に基づいて、重要事項の説明が行われる

●実施後の対応
・問題がなければ、説明を受けた側が記名押印した書類を返送する

では、IT重説はどの程度実施されているのでしょうか? リクルートの賃貸契約者への調査結果でIT重説の利用状況を見ると、賃貸借契約のいわゆるIT重説については、「実際に利用したことがある」と回答したのは7.0%とまだ多くはありませんが、認知率は年々上がっています。

2020年度 賃貸契約者動向調査
出典:リクルート「2020年度 賃貸契約者動向調査(首都圏)

重要書類の「書面交付」のデジタル化の動きも

デジタル化を加速したい政府は、2021年5月にデジタル改革関連法を成立させました。これによって、「重要事項説明書」や「契約書」の宅地建物取引士の押印が廃止され、データで送信することもできる道筋がつくられました。デジタル改革関連法の宅地建物取引業法改正部分は、電子署名によるデータ送信などの社会実験を始めており、業界の周知を経たうえで、2022年5月までに施行される予定となっています。

施行されれば、住宅の契約場面で、重説から契約締結に至るまでをオンラインで行える環境が整うことになります。

さて、(一社)不動産経営協会が2020年度(2020年4月~2021年3月)に首都圏で住宅を購入した人に対して実施した調査結果を見ると、「今後住宅を購入する際にIT重説を利用できるとした場合の利用意向」を聞くと、37.4%が「利用したいと思う」と回答しました。また、IT重説の利用意向があると回答した人に、「重要事項説明書をPDFファイルなどの電子データで交付できるとした場合の利用意向」を聞くと、87.0%が「利用したいと思う」と回答するなど、契約場面でのデジタル化の意向が強いことがうかがえる結果となりました。

効率的なデジタル化にも注意点はある

同じ(一社)不動産経営協会で、IT重説を「利用したいと思う理由」と「利用したいと思わない理由」を聞いています。利用したい理由で最も多かったのは「不動産会社に行く手間が省けるから」の81.0%で、次いで「重要事項説明の日程調整の幅が広がるから」の60.6%となっています。

かたや、利用したいと思わない理由では「住宅購入に関わる大事なことなので対面での説明がよいと考えるから」の80.0%で、圧倒的に多い理由となっています。

IT重説を利用したいと思う理由

IT重説を利用しないと思う理由
一般社団法人不動産流通経営協会「不動産流通業に関する消費者動向調査」<第26回2021年度>より作成

このように効率面でのメリットがあるデジタル化ですが、オンラインでの契約を希望すれば必ず対応してもらえる、とは限りません。不動産会社によっては、オンラインの環境が整っていなかったり、整えた環境と希望者の環境が適合しなかったりということもあるからです。

また、説明の途中で通信上のトラブルが発生することもあります。重要事項説明などは長時間かかることが多いので、通信速度が安定しない、映像が乱れるといったことが発生する場合も多くなります。そうしたときには、IT重説をいったん中断して、通信環境が改善してから再開したり、それ以降を対面による重説に切り替えることを要求したりすることも大切です。

また、大きな契約となるので注意すべき点もあります。重要事項説明書などは、専門用語も多くて読み込むだけでも大変なことです。できるだけ早めに重要事項説明書などを送付してもらい、IT重説が行われるまでに目を通しておき、疑問点などを洗い出しておくことをお勧めします。

今後ますますデジタル化が進む

今後は、通信環境やIT技術などがさらに向上し、住宅購入におけるデジタル化がさらに進むと考えられます。効率的などのメリットもありますが、住まい選びでは、住宅のある現地に実際に行って、周辺環境をチェックしたり、住宅の状態を詳しく確認したりすることは欠かせません。情報収集から契約まですべてオンライン上の画面でできる状況になったとしても、自分の五感で確認することを忘れないようにしてほしいものです。

執筆者:山本 久美子(住宅ジャーナリスト)

※本記事の掲載内容は執筆時点の情報に基づき作成されています。公開後に制度・内容が変更される場合がありますので、それぞれのホームページなどで最新情報の確認をお願いします。
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