米国で物価上昇、つまりインフレに注目が集まっています。労働省が発表した5月の消費者物価指数は前年同月比プラス5.0%となり、2008年8月以来約13年ぶりの高さとなりました。価格変動が大きい食品とエネルギーを除いた上昇率は前年同月比プラス3.8%と、1992年6月以来の伸びとなっています。日本でも食品価格が上昇している印象を持つ読者も多いと思いますが、実際に日本でもインフレを懸念するような状況になるのでしょうか?

日本は依然としてデフレ状態

総務省が発表した4月の消費者物価指数は総合指数が前年同月比マイナス0.4%、生鮮食品を除く総合が同マイナス0.1%、生鮮食品及びエネルギーを除く総合が同マイナス0.2%と3指数ともにマイナスとなっています。5年前の2016年1月を100として指数化したものが下図ですが、日本の物価は5年間で2%程度しか上昇していないことが分かります。

出所:総務省「消費者物価指数」のデータを基に株式会社マネネが作成。(注)2016年1月を100として指数化。

日本を含めた主要先進国の多くが1年間で2%ほど物価が上昇する経済状態を目指している中で、日本は5年をかけて物価がようやく2%上昇する程度という現状を見れば、いかに日本が低温経済(低成長・低金利・低インフレ)の状態にあるかが分かるでしょう。冒頭に米国の5月の消費者物価指数の伸び率が前年同月比プラス5.0%と書きましたが、これだけをみても日米の差が見てとれます。

結果だけを見れば、日本ではインフレ懸念は全くないという結論で終わるのですが、私が講演で物価について解説をすると、「実感では日本でも物価は上昇していると思う」という意見を受けることがあります。この感覚はただの思い違いなのでしょうか?もう少しデータを見ていきましょう。

生活に忍び寄るインフレ懸念

消費者物価指数は先ほど見た3つの指数以外にも、非常に細かく品目別の価格指数も発表されています。実感として物価が上昇しているように感じるのは、おそらく生活に密接した品目の価格が上昇しているからでしょう。下図は消費者物価指数と食糧価格の推移をグラフ化したものです。

出所:総務省「消費者物価指数」のデータを基に株式会社マネネが作成。(注)2016年1月を100として指数化。

グラフを見ると、食料価格が2019年頃から総合指数に対して大きく上に乖離しているのが分かると思います。つまり、食品価格だけを見れば物価は上昇しているのです。さらに食品を生鮮肉、鶏卵、生鮮野菜、食用油と細かく分けてグラフにしたものが下図です。

出所:総務省「消費者物価指数」のデータを基に株式会社マネネが作成。(注)2016年1月を100として指数化。

生鮮野菜の価格は天候によって大きく左右されるため、非常に波が激しいのですが、生鮮肉と鶏卵は緩やかに上昇しており、食用油だけがなだらかに下落しているなど、品目ごとに違いがあることが分かります。しかし、これから先はそれぞれの価格は総じて上昇していく可能性が出てきています。

たとえば肉の価格でいえば、和牛の相場は前年比で2~3割ほど上昇しています。世界的に新型コロナウイルスの感染拡大はあったものの、いち早く経済活動が回復した中国や、ワクチン接種が進む米国での需要が増えていることが影響しています。

卵の相場価格も上昇しています。今年初めにMサイズ1キロ120円ほどだったのが、こちらも倍近くに価格が上昇し、2015年以来の高値となっています。これは冬に猛威を振るった鳥インフルエンザの影響であり、その結果として卵だけではなく、キューピーや味の素が7月から8年ぶりに家庭用マヨネーズの値上げをすると発表しています。食用油も原料価格の高騰を受けて大手3社が今年3回目の値上げをすると発表しており、消費者には厳しいニュースが増えています。

現時点(2021年6月)では良好な天候のおかげで野菜価格は安いのですが、今夏も日照時間が少なくなったり、台風や豪雨などの水害が頻発すれば野菜価格も一気に上昇する可能性もあります。

厳しい生活を余儀なくされる可能性

消費支出に飲食費が占める割合を「エンゲル係数」と呼びますが、エンゲル係数はこの20年間で上昇傾向にあります。一般的に生活水準が低いほどエンゲル係数は高くなり、生活水準が高くなるとエンゲル係数が下がると言われています。

出所:総務省「家計調査」のデータを基に株式会社マネネが作成。

収入が低くても高くても、食べられる量にはそれほど差はないですから、収入が低いほど飲食費が占める割合が高まるということは当然です。このグラフを見てみると、日本人の生活水準が下がっているのか、と思う方もいるかもしれませんが、この30年間平均給与は上がらず、その間に消費税や社会保障費は上昇し、かつ非正規雇用も増えたわけですから、厳しい生活を余儀なくされている日本人が増えたとは言えるでしょう。これまで見てきたように、食品価格が日本でも上昇する可能性が高いため、今後は更に生活が厳しくなる人も増えるでしょう。

悪性インフレの恐怖

前述した通り、日本は低温経済に慣れ切ってしまっており、国民は将来物価が上がるという感覚もあまりありません。

また、通信キャリア各社が携帯電話の通信料金を下げたことや、コロナの感染拡大が落ち着き再び「Go To トラベル」が始まれば、宿泊料が下がることなど、個々の細かい話を考えれば消費者物価指数自体が米国のように上昇するとは考えにくいと私は思います。

一方で物価の内訳をみれば、前述の通り食品価格など生活に密接している品目の価格は上昇していくでしょう。

経済成長に伴い成長痛のように物価が上昇していく健全なインフレではなく、

・経済成長はしない
・収入も上がらない

にもかかわらず、

・生活に密接した品目の価格だけが部分的に上昇

以上のような悪性インフレになる可能性はあります。

個人が出来ることと言えば節約などの家計防衛しかないですが、これを機に物価という生活に密接した経済指標について、学びなおしてもいいかもしれません。物価が継続的に下がるデフレの状態を脱却しようとしている一方で、このような悪性インフレは避けなくてはいけないと思います。モノの値段という認識でしかなかった物価の奥深さに気付けると、目にするニュースの理解がさらに深まっていくことでしょう。

※本記事の掲載内容は執筆時点の情報に基づき作成されています。公開後に制度・内容が変更される場合がありますので、それぞれのホームページなどで最新情報の確認をお願いします。
~こんな記事も読まれています~

この記事が気に入ったらシェア

おすすめ記事