都市との「ほどよい距離感」が生む葉山暮らしへの愛着―大橋マキさんインタビュー

フジテレビアナウンサーとして活躍後、イギリス留学やオランダ移住を経て、12年前に神奈川県の葉山に移住した大橋マキさん。介護家族やシニアを支援する一般社団法人「はっぷ」(葉山つながりプロジェクト)を立ち上げ、日々、地域に根ざした活動をしながら充実した暮らしを送っています。

コロナ禍の影響で郊外でのワーケーションや地方への移住が活発になり、「都市完結型」ではない暮らしを始めてみたいと考えている人が増えてきています。新しい居場所を拠点とした自分らしいライフスタイルについて、大橋さんに聞きました。

 

都市生活の「便利さ」以外のものを求めて

大橋さんが代表を務める「はっぷ」の活動で訪れた平野邸Hayamaの縁側にて

―大橋さんが葉山に住み始めてから12年になります。改めて、移住を決めたきっかけを教えてください

フジテレビ退社後、一人目の子どもが生まれた頃、東京の目黒区に家を建てたんです。毎日のように六本木にあるスタジオと家を行き来して、恵比寿のジムに通って…。どこにでもすぐ行ける便利さはあったのですが、忙しすぎると感じていました。

当時はアロマセラピストとして働いていて、植物や土にもう少し近づきたい気持ちもありました。この植物はどういう背景で生まれたのか、ストーリーを肌で感じたくて。

―その後、ご主人の仕事の関係でオランダのアムステルダムに移住されたと聞きました。それが暮らしを見直すきっかけになったのでしょうか?

そうですね。アムステルダムはすごく空が広くて、家の近くには運河が流れていたので、毎日のように娘をダッチバイクに乗せて遊びに行っていました。日本に帰国したら、空が広くて水辺が近い場所に住みたいなと思っていたんです。

そのなかで葉山に移住を決めたのは、もともと私が鎌倉生まれで、小さい頃は祖母と一緒に由比ヶ浜で遊んでいたこともあり、昔から身近に感じていた土地だったから。それに加えて、夫の趣味がサーフィンで、私もボディーボードが好きだったので、葉山に趣味の友達がたくさんいたというのもあります。

葉山での暮らしについて話す大橋さんからは土地への強い愛着が伝わってきます

―東京から近すぎず遠すぎない、仕事に通いやすいエリアという理由もあったのでしょうか

それもありますね。私のように、葉山から東京に通勤している人もたくさんいるので。

それでいうと鎌倉も東京に通いやすく、素敵な風情があるのですが、「オンかオフか」と問われたら、人が多い鎌倉はまだちょっと「オン」の気配が強いような気がします。

ところが、逗子や葉山あたりまで来ると、完全に「オフ」になれるんです。逗子駅の改札に着くとなんだかホッとするというか。飾らなさ、朗らかさがあると感じます。

 

東京と葉山の間にあるのは、ギャップではなく「ほどよい距離感」

「人と人、東京と葉山の間のほどよい距離感が心地いい」のだそう

―同じ三浦半島でも違った魅力があるんですね

そうなんです、おもしろいですよね。半島の付け根から先端まで、少しずつ文化や風景、お母さんたちが井戸端会議で話すスピード感も違うんです。

また、このあたりで育った子どもたちって、すごくオープンな子が多い気がします。年齢の壁がなく、誰とでも会話できるというか。人と人との距離感が心地いいですね。

―そういった距離感も、大橋さんご自身と合う感じがしますか?

合いますね。ここ(葉山)で暮らしていても、仕事がある日は一日中忙しくしていますが、ひと段落ついたときに海辺のほうに行くと、張りつめていたものがふっと解けるのがわかるんです。

すぐ近くに豊かな自然があるからか、葉山にはいい意味で肩の力が抜けている人が多くて。それが距離感の心地よさにつながっているのかもしれません。

平野邸Hayamaの庭先にある畑で地域の人たちと土いじりをする大橋さん

―逆に、葉山に住み始めてから都心暮らしとのギャップを感じたことはありますか?

実は、ギャップを感じたことがないんですよ。葉山は、自分が昔から親しんできた景色そのもの。小さい頃は毎日のように木に登ったり虫をいっぱい獲ったりしていたので、初心に返り、土に足を着けて、しっかり呼吸できているような感覚です。

東京に住むのも楽しいんですけどね。だけど今の私には、東京は時々行って刺激をもらう…くらいが合うかなと。東京暮らしに戻りたいと思ったことも、一度もないんです。もうヒールのある靴とか履けないと思います(笑)。

子どものアフタースクールの場所は海や山。子どもを送って行ったついでに私も走ることがあるので、ずっとスニーカーやビーチサンダルを履いていたいですね。

 

「便利さ」を計る物差しはひとつじゃない。都市圏郊外での暮らしをして始めて気づくこと

ワカメや野草の香りなど、葉山には旬の食とつながる季節のアロマが満ちています

―移住当初はアロマセラピストとしての活動を主軸としていた大橋さんが「はっぷ」を立ち上げたのも、葉山での暮らしの影響が大きかったのでしょうか

そうですね。葉山でアロマ講座をやらせていただいたのですが、3年くらい経ったとき、アロマが地元の人たちにとって身近にならないな、ということに実感として気づきました。

アロマセラピーって、都会の人に向けられたものなんですよね。植物は一瞬一瞬を生きているものだけど、小さな入れ物で保管することで、少しでも長く留めていられる。ところが、葉山には、「自然のアロマ」があふれていますから、当然といえば当然なんです。

―「自然のアロマ」、素敵ですね

実際に住んでみて、葉山での生活の魅力、暮らしへの愛着に共感するものがありました。「3月になると生ワカメを食べる」といった、四季折々の日々をみなさんがワクワクしながら生きているんです。

そんな気持ちをおじいちゃん・おばあちゃんになっても続けていけるように、私にお手伝いできることがないかなと思って、「はっぷ」※を立ち上げました。葉山に住むみんなが、いつまでもここでの暮らしを楽しめるといいな、というのが一番の願いです。

※一般社団法人「はっぷ」:ガーデニングや植物を通じてハッピーエイジングな町づくりに取り組む団体。医療介護系から幼稚園の先生、介護家族、植物やハーブ好きまで個性豊かな会員がコミュニティガーデンから病院・施設のガーデンまで、それぞれのスキルや好奇心を持ち寄って活動している
https://www.happ.life/

旬のものを食べたり、季節の花を楽しんだりすることが日常に潤いをもたらし、日々を生きるエネルギーに

―葉山に住んでよかった、と思う瞬間を教えてください

やっぱり食べ物がおいしいので、葉山の食べ物を味わっているときですね。

おじいちゃん・おばあちゃんたちと話すと、足元にある植物を昔はこんな料理に使っていたとか、おもしろいお話をたくさん聞くことができるんです。ツヤのあるフキみたいな植物「ツワブキ」を、ヒジキやワカメと一緒に煮るお料理とか。

今はどこにいてもいろんな野菜が買える時代になりましたが、地元ならではの季節の味を知っていることの豊かさって素敵だなと思いますね。

―最近はコロナ禍の影響もあり、郊外への移住が増えています。その反面、「不便になるのでは?」と不安で、一歩を踏み出せない人も多いようです。大橋さんには、そんな不安はありませんでしたか?

私の場合は、不便を帳消しにして余りある「楽しみ」を求めて来ているから、そこはあまり問題にならないんですよね。

不安を感じている人も、実際に暮らしてみるとわかることがあると思うんです。子どもと思い切り楽しめる場所や、おいしい食べ物がたくさんあることの大切さに気づくとか…。しかも暮らしの価値観が同じ人が周りに多いから、人間関係も楽チンなんですよ。

私が欲している暮らしから見れば、今の生活は「便利」と言えるのかもしれませんね。

 

編集後記

古くから自生する草花、そしてそれらを暮らしとつなぐ知恵とともに

葉山の澄んだ空気のせいか、テレビ画面の中にいたときよりも笑顔が透き通って見える大橋さん。洗練された発声で言葉をはっきりと丁寧に話す姿にかつての面影を感じるものの、「元フジテレビアナウンサー」という前置きは、今の大橋さんにはいささか的外れのように思えました。

「葉山の大橋さん」

土にしっかりと足を着け、地元の方々との畑作業に汗を流して取り組む彼女の姿を拝見して、ふと頭をよぎった言葉です。

移住を考えると、「移住先ではどんなことに気をつければいいんだろう」「仕事はあるのだろうか/続けられるのだろうか」といった不安が先に立ってしまいがちです。

移住に際して入念な事前調査をすすめる意見は少なくありませんが、「実際に暮らしてみるとわかることがあると思う」と大橋さんが話してくれたように、土地での縁が新しいなりわいを生むケースや、複数の仕事をもつケースなど、さまざまな移住のかたちがあります。短期滞在を試してみるなど、まずは行動してみるのもよいかもしれません。

都市との距離をうまく保ち、葉山での日常の細部にうまくピントを合わせながら、日々の生活を、そして人生を心の底から楽しんでいるように見える大橋さん。

都市を離れたところに「新しい居場所」を見つけることの意義と魅力の一端を教えてもらったような気がしました。

撮影:安井 信介

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