これまでに初級編、中級編とお届けしてきた千葉県の難読地名クイズ。今回はいよいよ最高難易度の上級編です。
有名テーマパークがあり、首都圏のベッドタウンとして知られた千葉県ですが、実は自然が豊かな県。房総エリアでは、マリンレジャーや海の幸を満喫することもできます。
そんな千葉県の最高難度の地名を5つピックアップしました。読み方だけでなく、地名の由来や歴史も掘り下げていますので、ぜひ挑戦してみてくださいね。

飯山満(船橋市)

船橋市は千葉県北西部の千葉県の中核を担う都市。飯山満には、東葉高速鉄道の飯山満駅があり、地下鉄東西線と直通運転をしているため都内へのアクセスも良好。

↓その答えは?

読み「はさま」

地名の由来は、この地は「飯が山ほどできて満ちた土地」だったからという説もありますが、実際は、谷あいの場所を指す「狭間」からついたと考えられています。そのせいか、「はざま」と呼ぶ人も少なくありません。

飯山満は、飯山満川、前原川が流れる高低差が激しい地域。昔は、谷状の地形の「谷津田(やつだ)」と呼ばれる田んぼで水田耕作が盛んに行われていました。現在は、戦後の宅地開発に伴って谷津田は姿を消して、小学校、中学校、医療機関が揃う住環境がよいベッドタウンとして栄えています。

1977年に芝山団地が建設された当時は、バスアクセスのみで「陸の孤島」と言われていましたが、東葉高速鉄道の飯山満駅が開業してからは利便性がアップして、船橋市内でも人気の町です。

飯山満には、住宅街や団地だけでなく、安産を願って建立されたといわれている「金比羅神社」や、かつては「飯山満不動尊」と呼ばれていた「倶利伽羅不動尊」、スサノオノミコトを祀る「大宮神社」などの神社仏閣も点在しています。

 

登戸(千葉県中央区)

千葉市中央区に位置する登戸は、千葉港にほど近い港町。千葉駅からも近い千葉の中心地ではありますが、公園が多く緑豊かな地域です。

↓その答えは?

読み「のぶと」

なんと、「のぼりと」ではなく、「のぶと」。川崎市に登戸駅(のぼりとえき)があるため、うっかり「のぼりと」と読んでしまいそうですね。

登戸の語源は、南北朝の歌人千葉新介の、「筑波根(つくばね)の峰の嵐を吹きおろすふじの波間を乃ぼり戸の船」にちなんでいるともいわれています。

葛飾北斎の「富嶽三十六景」には、「登戸浦(のぼとうら)」として登戸の風景が登場しています。「登戸神社」の鳥居の向こうに描かれた富士と、浅瀬で海藻を採っている人々の対比が印象的な作品です。

登戸神社の現在の正式名称は「登渡神社」。1644年に千葉家の末裔、登戸権介平定胤が祖先を供養するために建立したのが始まりとされ、1867年に登渡神社に改められました。現在は千葉駅と千葉港に挟まれた市街地、工業地帯ではありますが、昔は風光明媚な地域だったことがうかがえますね。

 

廿五里(市原市)

市原市は、千葉県中央に位置する商業都市。日本11大工場夜景に数えられる五井地区が有名です。五井地区にほど近い廿五里は果樹園や畑が広がるのどかな地域。

梨の産地としても知られる廿五里(写真はイメージ)


↓その答えは?

読み「ついへいじ」

そもそも廿五里の「廿」は「20」という意味の漢字です。素直に読めば、「にじゅうごり」となりますが、かつてこの地域が「津以比地(ついひじ)」や、「露乾地(つゆひじ)」と呼ばれていたことから、「ついへいじ」と呼んでいるとのこと。

そこで気になるのが、「ついへいじ」に、「廿五里」というどうやっても読めない漢字を当てた理由です。その理由は、源頼朝のエピソードにあるといわれています。廿五里にある東泉寺という寺の仏像が不思議な現象を起こしたことから、源頼朝が毎月焼香のために遣いをよこしていたとのこと。源頼朝が住んでいた鎌倉から東泉寺までの距離が二十五里だったことから、「廿五里」とされたそうです。ただし、実際の距離は二十五里ではありません。

廿五里は市原市の特産の梨畑も点在。千葉県は全国一の梨の産地ですが、廿五里周辺でも梨作りが盛んに行われています。廿五里のフルーツ通り沿いには梨農園が並び、隣接の直売所では夏から秋にかけて採れたての梨が販売されています。梨好きにはたまらない地域ですね。

 

飯給(市原市)

市原市飯給は、房総半島の中ほどに位置する山と川に恵まれた緑豊かな地域です。1日の平均乗降客がわずか4人という小湊鉄道「飯給」駅が最寄り駅。

平均乗降客が少ないことで知られる小湊鉄道の飯給駅


↓その答えは?

読み「いたぶ」

飯給の由来は、壬申の乱で大友皇子がこの地に逃げ隠れた時に、この地の住人が食事を与えたことから、大友皇子らが「飯給」と名付けたことにちなんでいるという説があります。
また、飯給駅の公式ホームページには、日本武尊(やまとたけるのみこと)が、東国を平定するために通過したとき、住人らが食事を献上したことから名付けられたと記載されています。

いずれにしても、この地に住んだ住人が、貴い身分の人に食事を与えたことが由来になっていることは確かなようです。「いたぶ」という読み方ですが、そもそも「飯」は、「いい」と読みますので、「い」については大きな違和感はありません。

問題は「たぶ」ですが、古語で「給ぶ(たぶ)」という言葉があり、「お与えになる」という意味です。したがって、「いたぶ」は、完全な当て字の難読地名というわけではなさそうです。

飯給駅には、「世界一大きなトイレ」があります。正式名称は「Toilet in Nature」。広さは200平方メートルで女性専用です。外から見えない柵で囲われた広い広場の中に、ガラス張りの個室がひとつあるという、非常に変わったトイレ。大自然の中で周囲の目を気にすることなく用を足したい人は、ぜひ挑戦してみてくださいね。

 

小食土町(千葉市緑区)

小食土町は、千葉市緑区の一大レジャー拠点「千葉市 昭和の森」や遺跡群がそのほとんどを占めている地域。100ヘクタールを超える巨大な敷地を誇る公園で、千葉市民にとって憩いの場所です。

「千葉市 昭和の森」がある小食土町


↓その答えは?

読み「やさしど」ちょう

小食土町に位置する御霊神社の記念碑によると、その昔日本武尊(やまとたけるのみこと)が、東国に向かう際にこの地で休息をとり、村人が間食を献上したことにちなんで、小食土と名付けられたとされています。

ただ、江戸時代の地方文書では、小食土は、「矢指渡、矢指戸、小喰土、小食土」の字が当てられており、一貫して「小食土」と書かれていたわけではないようです。

時代を経るに従って、「小食土」と変遷していったのでしょうか。ちなみに同じ千葉県内の海上郡に「矢指村」という村が存在していました。また、香取郡には、「矢指塚」という、源頼朝がゆかりの塚もあります。矢指塚は、源頼朝が九十九里浜の長い海岸線を見て、100本の矢を1里ずつ指していき、最後の1本を埋めたとされる場所です。ちなみに、99本目を指したのが矢指ヶ浦とされています。

このように、千葉県内には、源頼朝の「矢指」に関連する地名が他にもあることから、小食土もなんらかの関連があるのかもしれません。

現在の小食土町の大半を占める「千葉市 昭和の森」には、植物園や展望広場、テニスコートにサイクリングロード、キャンプ場など多くのレジャー施設が設けられています。

 

千葉県の難読地名には、日本武尊や源頼朝など、歴史上の人物が由来となっているものが多く、千葉県が古来より交通の要衝としての役割を果たしていたことがわかります。読めそうで読めない難読漢字を紐解いてみると、さまざまなエピソードが飛び出してきて興味深いものですね。ほかの地域の難読地名シリーズもぜひ楽しんでください!

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