観るたびに自分と家族と家のことを深く考えたくなる映画。ショートフィルム『おたんじょうびおめでとう』完成・公開記念対談 別所哲也さん(俳優)×浜田宏(アルヒ株式会社 会長兼社長)

俳優の別所哲也さんが代表を務める映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル&アジア(SSFF & ASIA)」は、1999年から毎年開催されています。毎回、世界100以上の国と地域から5,000本以上の応募があり、厳選された約200本が上映される国際的な映画祭です。2020年度には、アルヒ株式会社が製作したショートフィルム『おたんじょうびおめでとう』の完成発表がオープニングセレモニーで行われました。別所哲也さんと同社会長兼社長の浜田がショートフィルム『おたんじょうびおめでとう』の感想を語り合いました。

ショートフィルム『おたんじょうびおめでとう』
ある家族の休日。遅めに起きてきた一家の主人、建(要潤)は、次女の描きかけの絵を手にする。絵には家族と思われる人物と「おたんじょうび おめでとう」の文字。今日誕生日を迎える人間は、この家にはいない。「いったい誰の?」。小さな謎から始まる、家族4人の思いの交差を描く。
「ARUHIアワード」大賞作品(万野恭一作)をショートフィルムとして映像化。2020年9月16日より開催の「SSFF & ASIA 2020」で完成発表が行われた。たかひろや監督。約11分。

「ARUHI」の社名にこめた思いが伝わる作品になった

左:「ARUHIの社名に込めた思いも表現したものになりました」と語る浜田  右:『おたんじょうびおめでとう』のワンシーンから

別所さん(以下、敬称略):ステキな作品になりましたね。浜田社長は、映画製作に関わるのは初めてとのことですが、今、どんなお気持ちですか?

浜田:ショートフィルムという限られた時間の中で、どれだけのことが伝えられるのか、スタート時点では分かりませんでした。しかし、大げさなシーンやドラマチックな展開はないのに、観終わったあとにもう1度観たくなる。その余韻が最初の印象として残る作品になりました。夫婦役で主演の要潤さん、奥菜恵さんという一流の俳優の方々、魅力的な子役、監督あってのことですが、本当に「映画作品ができた」という手応えを感じています。

別所:主な登場人物は、家族4人だけですが、それぞれの思いが画面の中で交差していますね。父親目線で見る家族への思い、長く連れ添った夫婦の機微、歳のちがう2人の子どもの視点に人の成長が見えるなど、観るたびに異なる余韻が残る作品だと思います。

浜田:そうですね。何度観ても飽きない。

別所:芥川龍之介や太宰治の小説のように、しばらくして読み返すと自分の変化に気づく。新たな発見もある。そうやって鑑賞者が自分なりの視点を徐々に育てていけるのが、ショートフィルムの魅力の1つでもあるんです。

浜田:私が特に好きなのが、要さんが演じる父親が、家への愛情を全身で表す最後のシーン。ARUHIという社名をつけたのは私です。ほとんどの人にとって一生に1度か2度しかない家を買うという行為は、結婚や子ども誕生、独立など、「ある日、新しい生活を始めよう」と思うところからスタートします。家を買う資金的お手伝いに終わらず、「ある日」から始まる人生をサポートしたいという思いを込めました。この作品の中には、1度もARUHIという言葉は出てきませんが、弊社の思い、取り組み、お客さまと共有したい喜びなど、そのすべてが表現されています。

多様化する社会に必要なたくさんの小さな物語

「ショートフィルムだからこそ人びとが共感できる物語がつくれます」(別所さん)

別所:CMのような企業メッセージの主張ではなく、やさしさにあふれた透明感のある物語だからこそ、家を持つことの幸せを感じ、素直に共感できます。僕自身、家や家族、住空間をあらためて見つめ直す機会を得たような気がします。

浜田:私は、企業として映画製作に関わるという発想はまったく持っていませんでした。昔の映画の印象が強く、大資本がやることだと思っていたからです。しかし、今や動画サイトから10代のクリエーターが世界に発信している。私自身もちょっとした時間にスマートフォンで動画を観て楽しんでいる。時代のライフスタイルとテクノロジーの進化によって、映画という表現手段の敷居が低くなった。しかも、観る側にとっても「観やすい」、つまり「伝えやすい」。そうしたことを深く考えるようになったのは、別所さんと出会ったことがきっかけです。

別所:私たちSSFF & ASIAでは、2014年に新プロジェクト「Book Shorts(ブックショート)」を立ち上げました。短編小説を公募して物語を集め、ショートフィルム作品としての映像化や、さまざまなメディアの活性化を目的としています。ARUHIさんに協賛いただき、2019年に「ARUHIアワード」を立ち上げ、公募作品の中から大賞となったのがこの『おたんじょうびおめでとう』です。

浜田:別所さんからプロジェクトの説明を聞いたときに、私は「じゃあ、一緒にやりましょう」と即断しました。ショートフィルムや短編小説のような小さな物語の世界こそ、人びとの日常や生活、気持ちに寄り添った発信ができるのではないかと確信したからです。

別所:何度でも観たくなる作品というのもポイントです。作品は現代の生活を描いていますが、10年後、20年後に見返すと世相や家族観、幸せの感じ方などさまざまな「その時代」の記録となるはずです。

浜田:毎年、ショートフィルムを製作し、それをアーカイブとして積み重ねていけたら楽しいでしょうね。数十年後を楽しみにしながら。

別所:それは、ARUHIさんにとっても同じ時代を生きてきた僕たちにとっても財産になりますよ。ぜひWeb上に「ARUHIシアター」を作ってください。

コロナ禍、そしてコロナ後。これからの働き方、楽しみ方

「これからはワーク・ライフ・バランスではなく、ワーク・ライフ・ブレンディングの時代になっていく。働き方も楽しみ方も自分で決める」(浜田)

浜田:『おたんじょうびおめでとう』の完成発表も行う「ショートショート フィルムフェスティバル&アジア 2020」は、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、本来予定されていた6月開催が延期になりましたね。そして、9月16日(水)から27日(日)までの開催が決定しました。苦労されたのではないですか?

別所:実際の上映会場とオンライン上での作品公開の形をとります。今回、僕たちは慣れ親しんだ生活を「変える」という経験をしています。俳優業の現場では、撮影はもちろん移動や食事、スタッフ間のコミュニケーションまで影響を受け、エンタテインメント作品の届け方、楽しみ方まで変わろうとしている。でも、僕は、「変わる」は「なくなる」ことではないと考えています。油絵や水墨画にCGアートが加わったように、今はまだ対策として急速に活用が進むテクノロジーが、新たな表現方法、エンタテインメントの楽しみ方を生み出していくでしょう。ARUHIさんでは、コロナ禍の影響はどう対処されていますか?

浜田:本社は、8月現在、出社率が50パーセント程度ですが、これを40パーセント以下にするためにさらなるリモートワークを進めています。しかし、これは今回のコロナ禍という事態が起きなくても進めていたでしょう。私は、経営者として自分が嫌なことを社員にもさせたくない。私が特に嫌いなのが、満員電車での通勤と長い会議です(笑)。

別所:僕は、コロナ禍以前から、どこでもエンタテインメントを楽しめる可能性が、多くの人びとのクオリティー・オブ・ライフを高めるのではと考え、まさに今それを模索しています。社長のお考えも、クオリティー・オブ・ワークを求めたら自然とリモートワークの活用になる、というわけですね。

浜田:在宅でのリモートワークには、生活と仕事との境目がなくなるという指摘もあります。ワーク・ライフ・バランスが保てなくなると。私は、むしろこれからはワーク・ライフ・ブレンディングの時代ではないかと思っています。仕事と暮らしの混ざり具合の濃さは、自分で考える。仕事も人生も会社に縛られずに自分で決めて、そして楽しんでほしい。

別所:いいですねぇ。僕もここに入社したいな(笑)。それぞれが自立し、多様な社会を積み重ねてつくっていく。そこには何作ものショートフィルムの物語が生まれる可能性が満ちています。

「ショートフィルムの製作に関わることで、自分も含め、誰もが表現者だとあらためて感じました」(浜田)
「誰もが持つ小さな物語が、これからますます大切になっていくでしょう」(別所さん)

「ショートショート フィルムフェスティバル&アジア 2020(SSFF & ASIA 2020)」開催概要
開催期間:2020年9月16日(水)〜9月27日(日)
※オンライン会場でも開催中。詳しくはSSFF&ASIAオフィシャルサイトで確認を
https://www.shortshorts.org/2020/

ショートフィルム『おたんじょうびおめでとう』を視聴する(約11分)

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