【本当に住みやすい街の本当の理由─日暮里編】マンションの住人も通う銭湯には、「暮らしやすさ」という下町の機能が残っていた

住みやすいと人気の高い街には共通項があります。交通の便のよさ、教育・文化施設や子育て支援など公共面での充実、再開発計画などの将来性。しかし、スペックを見比べるだけでは、その街の空気感、日常の充実度、これからの生活のイメージはなかなかつかみにくいもの。そこで、話題の街の日常に1歩深入りし、その街を見続けてきた人たちを訪ね、「この街の住みやすさの本当の理由」をお聞きしました。今回は「ARUHI presents 本当に住みやすい街大賞」でも人気を示す「日暮里」。その秘密を探りました。

※本記事は2020年3月取材時の内容を元に構成しています。新型コロナウィルス感染対策のため一部店舗やスポットは通常通りに営業していない可能性があります。詳しくは各ホームページをご確認ください。

誰もが知っている日暮里とは違う街の顔を探しに

「日暮里(にっぽり)」の地名で語られる街は、広く見ればJR山手線の日暮里駅東側と西日暮里駅、常磐線の三河島駅に囲まれており、再開発の計画・整備が進むことも街の将来性というスペックを高めています。しかし、駅近くの老舗の銭湯の主は「ここは、私にとって一番の街。下町のよさ、住みやすさは、まだまだここにありますよ」といいます。その理由をお聞きしました。

日暮里は、アクセスのよさが有名です。JR山手線・京浜東北線・常磐線、京成本線、日暮里・舎人ライナーの6路線が利用でき、成田空港(直通41分)や羽田空港(羽田空港第3ターミナル駅へ37分)へは、リムジンバスも運行しています。その便利さは「訪れやすい街」にも通じていて、日暮里駅北口改札を出て西側へと向かう人の流れは平日でも途切れません。その先の目的地は、下町情緒が今に残ると人気の谷中銀座です。商店街を抜けた先には根津や千駄木、いわゆる「谷根千」の街が続き、下町情緒にふれたり、寺を巡り、谷中霊園の著名人の墓を訪ねたり、「また、来たい」と思うリピーターの多い街でもあるのです。

JR日暮里駅。街から外への出かけやすさ、外から街への訪れやすさが相乗効果となり、街の魅力を高めています。再開発が進む東側と多くの寺がある西側で異なる表情を持ちます
日暮里駅西側にある「谷中銀座」は平日の昼までも多くの人が訪れ賑わっています
日暮里駅西側のもう1つの特徴は、数多くの寺と広大な谷中霊園です。霊園には著名な人びとの墓があります。渋沢栄一、本居長世(童謡作曲家)、森繁久弥(俳優)、横山大観(画家)……。取材した日も15代将軍・徳川慶喜の墓(写真下)に、園内の複雑な道順を経てたどり着いた外国人観光客の姿がありました

今回はあえて日暮里駅の東側に目を向けます。観光目線の珍しさ・楽しさだけでなく、「本当に住みやすい街」の理由を探すためです。こちらには駅近くから約1kmに80軒以上の生地を扱う店が続く日本有数の繊維問屋街「日暮里繊維街」があります。問屋街ですが、端切れや服飾用品などの個人客向けの販売をしている店も多く、一般客の質問にも店主たちが丁寧に応じていました。

日暮里繊維街

今回、目指すのは、「日暮里繊維街」にも近く、駅から数分の場所にある老舗の銭湯です。再開発、マンション新住人の増加、人気の街の駅近く。古きよき下町の代名詞のような「銭湯」という場にとって、そうした変化は影響しそうです。しかし、日暮里の街の魅力と、変化する時代や環境の中でも支持される銭湯の魅力は、奥深いところでつながっていました。それは「本当の住みやすさ」という「街の機能」だったのです。

日暮里駅東側に建つ3棟の高層マンション(写真左)。そこから徒歩数分の場所にある「日暮里斉藤湯」(東京都荒川区東日暮里6−59−2)

日暮里斉藤湯は、先々代が1934(昭和9)年に三河島で銭湯を開業、その後、先代が現在地で開業した老舗の銭湯です。2014(平成26)年にリニューアルを行い、かつての銭湯らしさを残しつつ最新設備を備えた銭湯に建て替えられました。

日暮里斉藤湯を経営するのは、3代目の齊藤勝輝さん。開業時間にカウンターに立ち、一番風呂の来店客を出迎えます。入浴料は券売機で支払いますが、そのチケットを受け取りながら、「いらっしゃいませ」で終わらない、一人ひとりとの会話が続きます。

齊藤勝輝さん。入口で靴をロッカーに入れ、中に入ると番台ではなくカウンターのあるロビーがあります。空港利用客の大きな旅行ケースもカウンターに預けることができます。「空港からの帰路に「ただいま」と立ち寄って旅の話をしてくれる人もいますよ」(齊藤さん)

自宅では味わえない経験ができる場所

券売機では、入浴代のほかに、タオルやハンドタオル、各種使い切りのアニメティ用品も販売されています。その券売機の下一段に「生ビール(中)」「生ビール(小)」「生ビール(ミニ)」のボタンが……。実際に入浴を体験してみましょう。

浴室には、全身シャワーと洗い場、区分けされたいくつもの浴槽が並びます。「水風呂」「熱風呂」「電気風呂」「ジェット風呂」「炭酸湯」。「熱風呂」の湯温計は46度あたりを指し、片足を半分入れるのが限界です。その直後だと「炭酸湯」は少しぬるく感じましたが、ほんの数分で体の中からジンワリと温まり、発汗がうながされるのが分かります。さらに、ドアの向こうには「露天風呂」が併設。ここのお湯が白濁して見えるのは細かい気泡によるもので、湯あたりがなめらかです。記者は、家では長湯しないタイプですが、さまざまなお湯体験をくり返しているうちに、たちまち数十分が過ぎ、身も心もリラックスムードを満喫することとなりました。

いろいろな「お湯体験」が楽しめる充実した設備。リニューアル時に軟水製造器を導入し、すべての湯で「超軟水」を利用しており、「肌にやさしい」と人気だそうです

「こんな銭湯があるなんて、いい街だなあ」。そう思ったところで大事なことを思い出しました。それを取材していることを。

ロビーに戻り、取材を再開。券売機にあった「生ビール(中)」のボタンを押し、カウンターに持っていくと、ジョッキにサーバーから生ビールが注がれ、おつまみと一緒に提供されます。注いでくれたのは店長のBOBさん。ここでの生ビール提供のために「ビアマイスター」の資格も取得したそうです。

店長のBOBさんが注ぐ生ビールの泡は、湯上がりの喉にやさしく清涼感を届けてくれます。この日の撮影は「ビールがメイン」とマスク姿を希望(写真右)。奥の「おとこゆ」「おんなゆ」の暖簾の前にはロビーとカウンターのスペース。男女の来店客が待ち合わせしたり、来店客同士、客と店主の会話を楽しんだり、入浴して終わり、ではない湯上がりタイムも。ここでゆっくりする人も多くいました(写真左)
見た瞬間、「美味しそう!」というものは、写真を撮り忘れてしまうものです。取材であってもそうしたことが起きます。そういうビールでした

今日、帰る街。生涯に何度でも帰る街。そこに在り続ける銭湯でありたい

湯上がりのビール。それは自宅でいくらでも経験できることのはずなのに、今、ここで感じている心地よさは自宅ではあり得ないもの。そんな内心を見抜いてか、齊藤さんは笑顔でいいます。

「お客さんに自信を持って提供している。すると自然と笑顔になるんですよ」(齊藤さん)

「お湯もビールも自信が持てるものを提供しています。どんな高級マンションで暮らしていても経験できない、けれども、いつでも入れるお風呂。ビールが美味いと評判の店にも負けないビール。それを誰でも、いつでも楽しむことができる。それがこの銭湯の役割なんですよ」(齊藤さん)

齊藤さんは、それを街における銭湯の「機能」だといいます。

「昔の下町はよかった。みんなそういいますね。そのよさは何かといえば、顔なじみになることかな。名前も職業も知らないけど、日々の暮らしで街を行き交う人同士が、生活時間や目的が重なってお店で出会う。お客と店主、お客とお客同士が、毎日ちょっとずつ情報を交換し、街のことや住んでいる人のことを知っていく。今のコンビニやスーパーとは違う便利さが、街の機能としてさまざまな店にあったのではないでしょうか。銭湯には今もそれが残っている。今は、どこの家にも風呂はあるでしょ。それでもお金を払って、よい設備の入浴に加え、人とのコミュニケーションを求めて入りに来てくださる。そうした機能が、まだ銭湯には残っているんです」(齊藤さん)

齊藤さんは、もう1つ、この地で銭湯が在り続ける理由として「帰って来る場所」を挙げました。子どもの頃から銭湯の家の子。街を出て行った同級生たちも仕事で上京したからと、訪ねてくれることも多いそうです。

「今は、通勤に便利、新しいマンションができたから、そういう理由で暮らし始めたり、人生で数年間住むだけだったり、その時の理由で日暮里を選ぶ人もいるでしょう。理由が変われば、その時、便利な街に移るかもしれない。しかし、人生をふり返って、日暮里が懐かしいと思う時が必ず来ます。その時にこの銭湯があれば、『まだやっているの?』と入って来られる。ここに来れば、もう1回、この街で時間を過ごすことができるんです」(齊藤さん)

日暮里斉藤湯を出ると街は夕暮れを迎え、そうした人びとを「お帰り」と迎える灯りをともしていました。そんな気持ちで見知らぬ日暮里の街を歩いていると、いくつものそうした灯りが路地にともされていました。

日暮里斉藤湯に明かりが灯ると、開発の進む風景に下町の面影が甦ります
帝国湯(東京都荒川区東日暮里3−22−3)は大正期の創業
黄金湯(東京都荒川区東日暮里3-27-10)

「本当に住みやすい街大賞」から見た「日暮里」の今を分析する

「ARUHI presents 本当に住みやすい街大賞」における「日暮里」のランキング(10位圏内)推移は次の通りです。

○2017年 圏外
○2019年 3位(総合評価4.07/発展性4.0/住環境3.8/交通の利便性4.8/コストパフォーマンス3.8/教育・文化環境3.8)
○2020年 圏外

2019年の評価には「東口側には、割安な新築マンションが建ち並び、コストパフォーマンスは○。山手線沿線の中では、比較的価格がリーズナブルなエリアです。交通アクセスも含めたコストパフォーマンスは非常に高く、トータルして住みやすい環境といえるでしょう」とコストパフォーマンスのよさが指摘されています。

しかし、荒川区全体で地価の上昇傾向があり、中では日暮里がトップです。2019年度は前年比約10%の上昇を示していることが「お手頃感」のマイナス要因となっていると考えられます。2020〜2021年にかけて中規模商業施設開業も続き、「人気」と「地価」の上昇傾向は続き「コストパフォーマンス」の挽回は難しいかもしれません。けれども、ここで注目したいのは、再開発が一段落している「日暮里」周辺の開発動向です。特に隣のJR線西日暮里駅前で2022年着工、2026年完成予定の「西日暮里駅前地区第一種市街地再開発事業(仮称)」は、約1000戸のマンションを含む大規模なもの。「新しい街」の魅力に人気が集まることでしょう。

新しい街の完成を今から待つか、それともすでに再開発が一巡し、安定した「日暮里」の住みやすさと新たな「西日暮里」の魅力も生活圏に取り入れた「発展性」「住環境」のポイントアップを先取りするか。そうした視線も住みやすさの総合評価として検討してみる価値はありそうです。

取材協力
日暮里斉藤湯

(最終更新日:2020.06.15)
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