【ARUHIアワード12月期優秀作品】『誰のものでもない家』小波蛍

 でも、一つだけ反論させてください。
 マナミさんはあの時、ここは誰の家でもない、みんなが自分の家と呼べるところを見つけられるまでを過ごす仮の居場所なんだと言いました。
 でも、俺はやっぱり違うと思います。
 今日、出る前にリョウスケさんに色々話を聞かせてもらいました。今までこの家に住んでた人のことや、みんな一緒にどんなことして過ごしたのかとか。良いことも、悪いことも色々。
 そして聞きながら振り返って考えたんですが、やっぱり、思いました。俺がここにいられたのはたった3ヶ月でしたけど、それでもここは住んでいて楽しくて、居心地が良かったって。ここは、俺の家だったなって。
 たった3ヶ月しかいなかった俺がこう思うんです。
 だから、言えます。
 マナミさんが皆さんや、元ハウスメートたちみんなと一緒に、楽しかったことも嫌なことも体験しながら、もっと長い時間を過ごしたここが、マナミさんや皆さんにとってのホームでないわけがありません。
 だから、改めて謝りたいです。
 自分の勝手な押し付けで、みんなの家を居心地悪くしてしまってごめんなさい。
 今の自分の部屋が片づいたら、今度は俺が皆さんをハウスパーティーに招待したいです。その時は、ぜひ来てください。
シンジ

 マナミはその手紙を持ったまま、しばらく動かずにいた。
「…みんなに謝るのならここに書くな。」
 ぶつぶつと言いながら、いつものグループLINEを開いた。
 見ると、シンジはすでにそれを退会していた。チャットの一番下の通知がひどく冷たく見える。
「…これじゃ文句も言えないじゃん。」
 嵐のような事件を起こした、たった3ヶ月のハウスメートは、連絡先も残さずに嵐のように去っていったのだった。
(あ、いや、タツノリ君に聞けばわかるか、グループに招待してたんだから。でも…何か癪というか、こっちから連絡したら負けな気がするというか)
 そうこう迷ってると、メール受信の通知音が鳴る。見ると、お勧めの物件を紹介する不動産屋からの案内だった。開封しようとした時、
「マナミちゃーん!」
 下の階から声がした。
「何ですか?」
「僕の新作の試し飲みの会!」
 スマホ上の指が止まる。
 ふと思い当たる。
(一人暮らしの部屋に移ったら、こういうのもなくなるんだよな)
 少し考えた後、マナミは開封を保留し、他のみんなが待つリビングへ降りていった。

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