【ARUHIアワード12月期優秀作品】『はじまりの家』大黒友也

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 この古い木造の家は取り壊すことが決まっている。
 私たちはこの家を捨てて新たな家に住み、新しい生活をするのだ。

 私は美大に通いながら、同級生の花と親戚の美咲さんと三人でルームシェアをしていた。この家は東京に住む美咲さんの祖父の家で祖父が亡くなったので売りに出そうか迷っていたが、美咲さんが私が上京する際に一緒に住まないかと打診してきた。広島で生まれ、美大に入るため東京に行く私にとっては幸運だった。広島の田舎に住む私が東京に行くと決まるまでずっと不安がつきまとっていた。美咲さんから電話がかかってきた時は神様ありがとうと心の中で叫んだ。そして美咲さんと連絡を取り合うようになってからはとんとんびょうしで物事が進んでいった。

 私は美咲さんの祖父の家に同じく美大に通うことになった同級生の花と一緒に住み始めた。おじいちゃんの家に泊まるような感覚と、そこに自分の部屋がある感覚は少しくすぐったく、しかし安心感のあるくすぐったさだった。食卓を囲むときも、朝一緒に起きるときもお風呂上がりに髪を乾かすときも、知り合いが毎日いるという環境は楽しく自分の心の拠り所になっていた。美咲さんはケーキが好きでたまに私達の分も買ってくれた。しかし私がカスタードが嫌いだということを知ってから、カスタードの入ったケーキは買わなくなった。私はカスタードが嫌いだ。それを言うと毎回驚かれる。シュークリームとプリンは基本的には食べない。友達が食べていて一口上げるよと言われても食べない。いい迷惑だ、と心の中でいつも思う。しかもしつこい人の場合は特にたちが悪い。「これならヒカリもおいしいって言うよ」
「このプリン普通のプリンと全然ちがうよ」
そう言われても嫌いなものは嫌いなのだと言いたいが、いつも我慢して一口もらう。そうするとその後の授業は腹痛との戦いがいつも始まっていた。

 他人を思いやるということを生活の中で自然と意識し、暮らすことで私たちはずいぶんと成長したと思う。

 荷造りが一段落ついた私達はお昼を食べることにした。お盆時期もあって私達はダンボールの梱包作業をクーラーをつけながらしても汗をかいており、さっぱりとしたそうめんを食べることにした。
「やっぱり夏はそうめんだよね」
私はそう言いながらばくばくとそうめんを食べる。
「でもそうめんってあんまり食べた気がしないよね」花がそう言いながらそうめんをすする。
「でも夏はそうめんでしょ」
美咲さんがたしなめるように言う。
「ヒカリ、この絵どうするの?」
私が美大のコンペで賞を取った大きな絵だ。絵には高層ビルの中に広場があり人々が広場で遊んでいる。私が田舎からでてきて都会の喧騒と他人との交わりが少ないことを絵にしたものだった 。四年間、東京に住んでその関わりが少ないことはいつの間にか慣れてしまっていた。でもこの家に帰ってくると花は美咲さんがいることにどれだけ自分の心の癒やしになったかは数字にできない。
「まあいいじゃん、みんなでここで食べるのも最後なんだよ?」
「たしかにね」
「そうだよ、ヒカリと花がきて楽しかったな」
 美咲さんが私と花がここに越してきて時の思い出話を語り出した。
 ハロウィンの話をする。
 年越しの思い出を語る。
「ねえ、この家ほんとに壊しちゃうの?」
私はふとそんなことを思った時には言葉に出していた。美咲さんも花もきょとんとしている。
「ヒカリ、それは美咲さんが結婚して旦那さんが大阪に移動になったからここを管理できなくなるからでしょ」
「そうよ、みんなで話したじゃない」
「……そうだけど、でもやっぱりもったいないよ」

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