【ARUHIアワード12月期優秀作品】『カラスといばら姫』蒔苗正樹

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 庭にカラスがいた。
 しばらく見ていてもその場から少ししか移動しない。ヒロキは玄関から庭に回ってみる。やはりカラスはそこにいる。こちらの気配を感じて、バサバサと翼を動かして飛び立とうとするのだけれど、ほんの数センチ跳ね上がることしかできなかった。
「怪我してるのかな。」ヒロキは縁側にいるリョウコに向かって言った。ヒロキの声は小さすぎてよく聞こえなかったらしく、リョウコは首をひねった。カラスはヒロキが一歩近づくたびにそこから逃げようとバサバサ羽ばたく。飛ぶことができないのがわかって、ヒロキはカラスに近づくスピードをさらに速め、1mくらいのところから一気に飛び付いてカラスを抱え上げた。さっきまで盛んに羽ばたいていたカラスは、抱きかかえられたとたん観念したのか静かになった。カラスは大きな鳥だと思っていたヒロキだったが、手の中のそれは思っていたよりずいぶん小さかった。
 リョウコは縁側から庭に出て、そっとカラスの背中に手のひらを当てる。「子どもだね。きっと。」そう言ってリョウコは空を見渡す。
 ヒロキも空を見て言った。「他にカラスはいないね。はぐれちゃったのかな。」「なんだか羽がパサパサしてる。」
「そうなの? こういうもんじゃないの?」よく見ようとヒロキはカラスに顔を近づける。
「顔はなして!」リョウコが声を上げた。驚いて顔を上げると、
「…目、突っつかれた子がいたんだって。道で飛べなくなったカラスに近づいて覗き込んだら、急にガッって。ちょっと目からずれてたから良かったけどって母さんが言ってた。」
「そういえば、その話俺も母さんから聞いた。カラスにはちょっかい出すなって。」なんとなく顎を引いてヒロキは言う。「こいつは…でも、だいぶ弱ってる感じだよ。」
「弱ってたってカラスはカラス。油断しちゃダメよ。…そ、油断しちゃダメ。」
そう言ってリョウコの口元は微笑んだ。
「え?姉ちゃん何笑ってんの?」
「あ。油断ならないっていうの、なんかカッコイイ。」
「カッコイイ?」
「うーん、母さんは気持ち悪いって言いながら、なんだかカラスのこと気にしてたんだよね。夕方カラスがやかましく群れで飛んでると、縁起が悪いって言いながら、ずーっとカラスの様子を見てたの。それで、私もカラスが気になるようになってよく見てた。カラスってよく見るとただ黒いだけじゃなくって、ツヤツヤしてて、それからシュッとしてるのよ。」
 ヒロキは位牌の上の母親の写真を見る。写真の母は何か難しい顔をしている。   
「この子は、ほら、羽がツヤツヤしてないでしょ。そうね、あんたが言うように弱ってるってことかしら。」
 カラスが落ち着いているのを改めて確認してから、リョウコはキッチンからシリアルを持ってきて器に入れ、子ガラスに差し出した。それは、母が亡くなった日から、ここに泊り込むための食料としてリョウコが大量に買い込んだものだった。
「そんなの食べるの?」とヒロキが言った先からカラスはガサガサとシリアルを食べ始めた。

 葬儀の前に母親の写真を選んだのはリョウコだった。
 その写真は、母親のユミコが日本には数少ないヴェネチアンレースの作家としてタウン誌に取り上げられた時の写真で、「頑固な職人って感じでいいでしょ。」とユミコは気に入っていた。
 葬儀屋にその写真を渡す前、「もうちょっと笑ってる顔のとかないの?」無駄だとわかっていたが、ヒロキは姉に言った。
 それを耳にした葬儀屋も「なんなら、これを加工して少し微笑んだ感じにもできますよ。」と気を利かせて言った。
 でもリョウコは「私は私って感じのこれが一番母さんらしいわよ。」と、取り合わなかった。
 ユミコの病室にはリョウコに宛てた封筒が残されていた。中には、よろしくお願いしますと素っ気なく書かれた横に葬儀屋の電話番号。そして霊園の地図が入っていた。

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