【ARUHIアワード12月期優秀作品】『約束の日』夏川路加

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 春になったばかりだというのに、俺の心は相変わらず冷え込んだままだ。今夜も安アパートの部屋で生ぬるいビールを飲みながら、ため息をついている。
 32歳になった翌月に、勤め先の家電店が潰れた。以前から危ないと囁かれていたので、なんとなく覚悟はしていた。それでも次の仕事がなかなか決まらない現状が長く続くと、精神的に堪える。毎晩ため息ばかりが、部屋に降り積もっていく。
 俺はテーブルの上に放り出したままの郵便物に、手を伸ばした。いつもはほとんど見ずにゴミ箱行きだが、今日はちょっと気になる物が届いていた。
 「三上一樹さま 同窓会のご案内」
 ハガキの差出人は、藤崎祐一という小学校の同級生だった。
 「いよいよ約束の日が来ます。みんなで思い出話でもしながら、タイムカプセルを掘り出しましょう!」
 ……ということらしい。
 タイムカプセルを埋めたことはなんとなく覚えているが、約束の日があったことなどすっかり忘れていた。
 あれから20年。長野の片田舎から飛び出してきたものの、いまだに何者にもなれない自分が歯がゆい。いや、上京前の志とか初心とか、もはやどうでも良くなっている。旧友との再会に胸を躍らせるよりも先に、ため息しかこぼれてこなかった。


 4月になって最初の休日。俺は数年ぶりに帰省した。
 約束の日は、海のように真っ青な空が広がっていた。最近は部屋にこもってばかりなので、まともに昼間の空を見上げたことがなかった。抜けるような青さは痛いほど、目にしみた。
 そもそも同窓会の誘いなんて、無視しようと思えばできたはずだ。だけど今日はなんとなく参加した方がいいような気がした。虫の知らせというやつなのか。
 俺が小学校の校庭に到着した時、すでに20人ほどが集結していた。
「あれ! 三上くん?」
「おお、一樹! 元気か?」
 懐かしい顔が、俺を出迎えてくれた。中には見た目が変わり過ぎて、誰だか分からないヤツもちらほらいた。
「一樹、恵子先生も来てるぞ」
「え、どこ?」
恵子先生は6年生の時のクラス担任だった。白髪が目立つようになっていたが、笑うと弓なりになる優しげな目元はまったく変わっていない。
「先生。お久しぶりです」
「あらぁ、もしかして三上くん?」
 恵子先生は目を細めながら俺を見ている。正直、失業中でそこまで元気では無いのだが、今ここで窮状を訴えても仕方がない。俺は精一杯の笑顔を、先生に返した。
「先生、武雄は来てないんですか?」
「ああ倉持くん? そういえばまだ見てないわね」
「そうですか……」
 倉持武雄は、小六の春に新潟から転校してきた。彼はうちの学校に来る前に、10回以上も転校を繰り返していた。卒業後もすぐに長野を離れ、山形の中学に入学したという。俺が武雄について知っているのは、そこまでだ。
「そういえば三上くんって、倉持くんと仲良かったわね」
「ええ、まぁ……」
 武雄は色白で、ひょろひょろしていた。積極的に友達を作ろうとしなかったし、いつもひとりぼっちだったので、俺が何かと面倒を見ていたことは確かだ。あの頃の俺は、今みたいに人生に対して投げやりではなかったから。子供なりに友達を思う、まっすぐな気持ちを持ち合わせていた。

 いつだったか、学校からの帰り道で武雄とこんなことを話した。
 そんなに転校ばかりしていて寂しくないのか……と。
「最初は寂しかったよ。友達ができても、すぐにお別れだもん」
「そうだよね」
「でもね、途中から楽しむようになったんだ」
「楽しむ……?」
「RPGっていうか、冒険みたいで楽しいよ。自分が主人公でさ、学校を移るたびにマップが切り替わるっていうのかな? そんな気がしてね」
 当時の俺には転校でマップが切り替わるなんて発想はなかったが、武雄の言わんとしてることはなんとなく分かった。

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