【ARUHIアワード12月期優秀作品】『今日も誰かの記念日』日根野通

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 「はあ、カレンダーですか。」
 住宅展示場の事務室で、この女性は上司からの電話に苛立ちを隠しながら応戦していた。
 何故このタイミングでかけてくる、この忙しい日曜日に。今日は本社は休みだろうが。
 「はい、はい、分かりました。新しい展示場で使う、配布用のカレンダーのアイデアを出せと。では製作会社の方の名刺をメールでおくっておいてくださいね。」
 右手で電話を切った後に受話器を叩きつける。
 この展示場の主任になって早一年。従業員の出入りは激しいわ、ノルマはあるわ、上司は放任だわ、プライベートなんてあったもんじゃない。
 「屋鳴主任、新規契約取れそうです。見積もり確認お願いします。」
 「はい、はいすぐにやります。」
時間はあっという間に過ぎて行く。ここ一年、時があまりにも早く過ぎて行く。日々疲れ果ててそれだけ。ここ一年何の思い出もない。
これでまたプライベートな時間が削られる。カレンダーなんて綺麗な風景か、動物の写真だけ載せておけばいいでしょうが。
 通常業務を終えたスタッフが帰って行く中、屋鳴は一人の業務に入る。
 とりあえずは取引先にメールだけ送ってから帰ろう。納品の日程から逆算すると来週から打ち合わせを始めないと間に合わない。平日の勤務日を当てればなんとかなるだろう。
送られてきた担当者の名刺を見て、屋鳴は唖然とした。
 「大安大吉?どれだけおめでたい名前だよ!」
 独り言がむなしく事務所に響く。
 屋鳴は残りの事務作業を終え、パソコンを閉じた。

 とある晴れた日、小さなビルにある会社を訪れた。
 入口付近にいる事務員の中年女性に大安との面会の予約を告げる。
 「ああ、はいはい。カレンダーの打ち合わせね。少々お待ちくださいね。大安さん!お客様よ!」
 そう呼ばれて、奥の部屋~出来たのは、細身で中背のメガネをかけた男だった。年の頃は30台前半から半ばくらいだろうか。猫背気味で、愛想笑いの一つもない。
 「あの、青空住宅の屋鳴と申します。本日はお時間いただきまして誠にありがとうございます。」
 差し出された名刺を見て、大安は何故だが一瞬顔をひきつらせ、すぐに無表情に戻った。
 「小読製作所、カレンダー担当の大安です。どうぞこちらへ。」
 奥の部屋に通される。小さな事務室のような場所だったが、壁に立てかけられている棚には所狭しとカレンダーが積み上げられていた。
 「すごい数のカレンダーですね。このお仕事長いんですか。」
 「はい、新卒で入ってからずっとここでカレンダー製作に携わっています。」
 「そうなんですね。」
 しばしの沈黙。それに大安は屋鳴と全く目を合わせようとしない。
 大安大吉なんておめでたい名前のくせに辛気臭い男だな、と屋鳴は思う。
 まあいい、こちらのペースに乗せて早めに片をつけよう。
 「あの、では本題なのですが、弊社は毎年お客様配布用にカレンダーの製作を依頼していると思うのですが、それを今年もお願い致したく、お話に参りました。前年と同じようなデザインで良いと思うのですが、それでお願いできますでしょうか。」
 俯き加減だった大安が急に顔あげ、真っすぐに屋鳴の目を見た。
 「いえ、今年は今年、来年は来年ですよ。来年分は屋鳴さんの意見を反映したオリジナルのカレンダーを作るべきです。」
 大人しい性格なのかと思ったら思わぬ主張をしてくる。しかもかなりストレートに。
 「はあ、意見と言われましても。特には・・・。綺麗な景色や動物ならば喜ばれるお客様も多いのではないかと思いますが・・・。」
 「そもそも屋鳴さん。御社の今年のカレンダーがどんなものかご存じでしょうか。」
 「え?」
そういえば事務所にも貼ってあったはずだけど思いだせない。月の予定はホワイトボードに記入してしまうから、カレンダーは日にちの確認くらいにしか使わない。

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