【ARUHIアワード12月期優秀作品】『エスパーの君へ』村田謙一郎

 そんな私でも何度かは意識をマークに集中したことがあったが、頭のスクリーンには何も浮かび上がらず、自分には超能力の才能がないことを改めて思い知った。こちらが念の送り手となった場合も、私はマークでなく、真希への思いを心の中で叫び、それが向こうに届くことを祈った。窓から顔を覗かせた真希は、不思議そうな顔で5枚のカードを順に私に見せたが、雑念だらけで正解など初めからないのだから、私は苦笑して首を振るしかなかった。
 ……いや、待てよ。送り手としても、私は何度か意識をマークに集中して真希に送ったことがあったはず。その時、確か彼女は全て正解したのではなかったか。だとすると、真希にはやはりエスパーとしての才が備わっていたということになる。ということはだ。……私の彼女への思いも、ほんとは受け取っていたのではないか。いや、そもそも超能力など使わなくとも、そんなものはとっくに見透かされていたのかもしれない。

 真希は小学校卒業とともに、再び父親の転勤で隣県に引っ越していった。今思えば大した距離でもなかったが、ケータイもメールもない時代の小学生の私には、それは果てしなく遠くに感じられた。
 結局、私は何も伝えることはできなかった。その未練の表れだったのだろうか。私は真希としばらく文通をしていた。しかしそれも、中学生になり、思春期特有の自意識と羞恥心から徐々に回数が減り、やがて自然消滅した。そして私の中での真希の影も、薄いものへと変容していった。
 隣の家にはその後、何家族かが賃貸の形で入居したが、借り手もなくなったのだろう。取り壊され、駐車場へと姿を変えた。

 それから10年近くが経った年の瀬、小学校の同窓会が開かれた。
 東京の大学で4年間を過ごし、バブルが弾ける一歩手前の就活で、何とか商社からの内定をもらった私は、安堵とともに久しぶりに帰省し、懐かしい顔と再会した。しかしその中に、真希の姿はなかった。
 もちろん、その時にはもう彼女の幻影を追うことなど全くなかったし、後に妻となる女性とも付き合い始めていた。しかしいくら時間が経過しようと、初恋の相手というのは特別なものだ。私は、一層魅力的に成長したに違いない彼女の登場を心待ちにし、そして、あのテレパシー訓練時に関する推測についても、正解を聞いてみたいと思っていた。  
 だが私は、クラスメイトの話し声から予想外の事実を知ることになる。
 [真希は数年前に、交通事故で亡くなった]と……。

 あの時、自分でも意外なほど取り乱したのはなぜだろう。
 私はどこか、エスパーには不死身というイメージを抱いていて、真希が死ぬことはどあり得ないと思っていたのかもしれない。それとも、本当は自分の思いを伝えられられなかった後悔に蓋をするために、真希の存在を忘れたフリをしていただけなのかもしれない……。
 ESPカードを手に、遥か昔のことを思い出そうとしている自分に、私は苦笑した。部屋の整理はまだ何も進んでいない。記憶との再会は、人を感傷的にさせるものなのだろう。
 部屋の掛け時計を見ると、午後5時前をさしている。
 これも偶然なのだろうか。それとも、私をさらに感傷的にさせるために、何かの力が働いているのだろうか。だが、ふとそんな力があるのなら、それに乗るのも悪くないと私は思った。この家ももうすぐなくなる。自分の気持ちにケリをつけるなら、今しかないと。

 ESPカードの1枚を右手で持ち、私は窓に向かって腰を下ろした。カードには丸が描かれているが、今はそれに意味はない。
 あの時は雑念だらけでうまくいかなかった。でも、もしかするとそれは私の勘違いだったのかもしれない。むしろ雑念が足りなかったのではないか。100%雑念のみに意識を集中させていれば、ちゃんと届いていたのでは……。
 やがて窓の外から、変わらぬサイレンの音が聞こえてきた。私はカードを前に掲げ、目を閉じた。自然と言葉が口をついて出てくる。

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