【ARUHIアワード12月期優秀作品】『交差する記憶』間詰ちひろ

 その時、エレベーターがガクンッと揺れたのち、動き始めた。閉じ込められていたふたりが顔を見合わせている間にも、するすると階下へ進み、一階に到着した。
「申し訳ございません! こちらの手違いがあったみたいで!」
 エレベーターの扉が開くや否や、待ち構えていたかのように、作業服を着た男性と、マンションの管理人がふたりに向かってばたばたと声をかけてきた。どうやらエレベーターの点検作業に日時変更があったのだけれど、その通知に行き違いが起きたらしい。時間にしてみればほんの数分だったけれど、エレベーターの中に閉じ込めてしまった経緯をあわてた口調で説明していた。輝子と望美は平謝りする作業員さんに、困り果てながらも、顔を見合わせて笑いあった。

「今度顔を合わせたら、ゆっくりお茶でも飲みましょう。もっと広くって落ち着いた場所でね」輝子は別れ際に望美にそう言った。望美も「お話しできて、良かったです。今度新しいハンカチ、プレゼントさせてくださいね」とにっこり笑った。そうしてふたりは互いに手を振り、マンションのエントランスで別れた。
 望美は少し歩いたのちに立ち止まった。スマートフォンを取り出して、番号をタップする指先には小さな、けれどもはっきりとした決意が込められていた。

「ARUHIアワード」12月期の優秀作品一覧はこちら
「ARUHIアワード」11月期の優秀作品一覧はこちら
「ARUHIアワード」10月期の優秀作品一覧はこちら
「ARUHIアワード」9月期の優秀作品一覧はこちら 
※ページが切り替わらない場合はオリジナルサイトで再度お試しください

※本記事の掲載内容は執筆時点の情報に基づき作成されています。公開後に制度・内容が変更される場合がありますので、それぞれのホームページなどで最新情報の確認をお願いします。
~こんな記事も読まれています~

この記事が気に入ったらシェア