【ARUHIアワード11月期優秀作品】『スパーキーガール』洗い熊Q

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた11月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

――彼女が住むのは宇宙なのさ。
 上も下もない、この宙で。
 鼻からスパゲティを食べろと言うんだ。
 美味しいんだと微笑んでくれる彼女。
 でも僕は先ず、このヘルメットを取る勇気がないんだよ。


 ドッカーーン!!
 階下の部屋から凄まじい炸裂音が響いた。ガラガラと崩れる音と共に二階でも振動を感じた。
 貴之は慌てて店舗になっている下へと降りて行った。
「何だ、何だ!?」
 カフェ店舗となっている一階。
 そこには一緒に働く由香里が首を傾げている。
「……あれ?」
 店内を見て貴之は仰天。
 店舗入口側の壁。人が通れる位の巨大な穴が空いていた。崩れ落ちている瓦礫がまだ砂埃を上げている。「なななな、何やったんだ由香里!?」
「え? いや、ほら貴之君が“ここに店内を見渡せる窓があればね”って言ってたじゃない?」
「確かに言った!」
「で、ほら、四角い窓よりは円い窓がお洒落かなって」
「それで!?」
「それでね、このトンカチで叩いたら綺麗に丸い穴が簡単に空くかなって……」
 由香里が“トンカチ”と表現した超巨大な木槌の頭を下に置き、彼女はそれにもたれ掛かり、ふぅと溜息を吐いているのだ。
 木槌の頭部が人の頭四個分はある大きさを“トンカチ”と括るとはどうだと色々とツッコミ処は満載なのだが。
 それよりもこの巨大木槌を振り回せた由香里に貴之は恐怖した。
「まあ、空いちゃったもんはしょうがないよね? うん、よし」
「よしって一人で納得すな!」

 前職の広告代理店を辞め貴之は一念発起。営業で磨いたスキルを生かし人脈を広げ、人が集う場所を創りたいと。
 ならばと飲食業を転々と修業し、遂に自分の店を持つ。お客さまが寛げるアットホームなカフェを目指して奮闘中。
 周囲に頭下げて土下座して、やっとこさ資金を捻出。そして手に入れて理想の物件。
 その理想の城の壁を、さらりと恋人の由香里が破壊したのだった。

 空いてしまった穴の前で二人が漫然と立っていると、穴の向こう側から誰かが顔を覗かせて声を掛けてきた。
「よう。さっきの音はこれだったんかい」
 覗き来たのは近所に住む虎太郎という中年男性だ。
「あっ、虎太郎さん。こんにちは~」と由香里が手を振って答える。
「俺んちまで音が聞こえて来たぞ……よくもまあ、こんな穴を開けられたもんだ。大変だったろ」
「え、そう? 大した事なかったよ」
 向かい合って空いた穴を通して話す二人。いや、その為の穴じゃねえんだよと貴之は思いながら、大した事ないと言った由香里に少し青ざめた。
「しかしどうすんだい? こんなじゃ営業できんだろ」と虎太郎は穴周囲を見廻しながら言った。
「そだよね。どうするんだろうね?」
 いや、お前が言うな。穴を開けた張本人だろが。貴之はそう思いながら流石にどうしたものかと頭を抱えた。
「……よし、俺が片づけてやろか」
「えっ? いいんですか!?」と貴之は虎太郎の思わぬ提案に驚く。
「ああ。丁度、仕事もないしな。暇つぶしの日曜大工て感じでやってやるよ」
 そう言えば虎太郎さんは建築業の会社を経営してるんだっけ。
 喫茶店オープンの近所の挨拶回りに伺い、一、二度程だけ来てくれた人だったが、言わばプロの申し出に有り難いと感じる貴之だった。
「お、お願いします。僕は他にやる事があって……余り手伝えませんが」
「おお、大丈夫だ。やっとくよ」
「は~い私もやる~。虎太郎さんと一緒に綺麗に片づけておく~」と由香里は万歳しながら言うのだ。
 手伝うと言った彼女に一瞬だけ不安になったが。
 まあ本業の方が一緒なのだから、元通りとまではないにしても直してくれるだろうと貴之は二人に任せるのだった。

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