【ARUHIアワード11月期優秀作品】『三日坊主の日々にも三年』藤田さいか

 米菓子の張り付く口内をアルコールでゆすぐ。ユキはしばらくスクリーンに親指を滑らせた後、私にスマホを差し出した。
「そんなに気になるんやったら、もう直接本人に聞いたらええやん。こっちのアプリで匿名の質問箱置いてるで」
パッと目に飛び込んできた『三浦 孝明』という名前を睨みつけて、彼のホームをスクロールする。最新の投稿は十五時間前。ということは、今日の深夜くらい。四人の男がごちゃついたワンルームをバックに、笑顔で缶ビールを掲げている写真の本文には一言、『俺もついに二十歳』と書いてあった。
「あいつ、鍵かけてないんだ……」
「せやねん。本名で趣味も生活も晒すとかある意味凄いよな」
「うん。ていうか、誕生日一緒って今知ったんだけど」
「うちも。あんたら生年月日系の占いやったら、同じ性格出るんやな」
「いや有り得ないって。あいつ絶対、違う世界に生まれてるでしょ」
ユキがコンソメ味のポテチを新たに開けながら「そんな否定せんでも」と笑う。別に冗談のつもりではなかった。
「だって私、三浦と違って凄くないし」
きっと私は誰よりも凄くなかった。三浦が大学を辞める頃、道重さんがピアノを弾いている頃、後輩が部活に励んでいる頃、駅のトイレが工事中の頃。私は多分、時間に運ばれながら、日常の風景をただなんとなく眺めていただけだった。
アルコールがずいぶん回ってきたせいか、血液が慌ただしく全身を駆け巡っている。私はひょっとすると、酔うと沈んでしまうタイプなのかもしれない。
「うちな」
ユキがコンソメのよく焦げたポテチを摘み、大きな口でぱくりと食べた。サクッサクッ。小気味良い音はものの数回でしなくなる。
「こないだ描いたイラストが、幻想的な夕日特集っていうコラムに載ってん」
「えっ凄いじゃん」
せやろ~?とユキが口をすぼめて、ひょっとこみたいな顔をする。また、背中がヒヤリとした。
「でも別に、特集のために描いたわけちゃうねんで。うちの部屋からたまたまめっちゃ綺麗な夕日が見えて、それを描いたらそうなっただけねやねん」
「だけやねんって」
簡単に言うなよ、と音に乗りかけた言葉を「悪いけどな」ユキが先回りして遮った。空っぽのアルミ缶を顎の下で握りしめているのは、マイクのつもりなんだろうか。
「簡単に言わせてもらいます~。うちはとにかく、目の前のことに必死なだけでした」
言い切ると同時に、マイクだったアルミ缶が机の上に叩きつけられる。
―目の前のことに、必死
カーンという鋭くて細い衝撃音が頭の中で反響する。そうして、三年前の、地区大会に向けて台本を書いていた頃の自分の姿が、はっきり頭に思い浮かんだ。
「でもそれはうちだけちゃうよ。道重さんも三浦もハルも、目の前にある日常をこなすことに必死なんは、皆変わらんと思うねん。うちらにとって大切なんは、凄いことをすることやなくて、日常の中に目を凝らして何かを拾い上げていくことなんちゃうの?」
"多分やけど"その一言は"知らんけど"よりも信憑性を持っている。ユキはやっぱり、ものを見つけるのが上手いと思った。

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