【ARUHIアワード11月期優秀作品】『僕の“ある日”』じゅんざぶろう

大学4年の夏、僕の周りでも就職が決まっている奴もいれば、何もせずこの先のことから目を逸らしているような奴もいた。そんな仲間たちでカブトムシを取りに行こうということになった。きっとカブトムシはどうでもよくて、みんなで車に乗って、遠くに行きたかっただけだと思う。
車で2時間ぐらい掛けて、大きさによっては3万円程度で売ることができるカブトムシが生息している森に向かった。
車の中では、会話が途切れることなく盛り上がっていたが、何の話をしたのかは覚えていない。おそらく口から言葉がこぼれていただけで、何の話もしていなかったと思うし、それで良いとも思う。

森に着くと、100円ショップで各々が買い揃えた虫取り網を手に持ち、虫カゴを肩から掛け、薄暗い森の中に入っていった。あとで知ったことだが、本来カブトムシを採る際は、前日の夕方に虫たちが集まる木に樹液を塗り、早朝、日が昇る前に静かに木を見に行き捕まえる、というのが正しい順序らしい。
そんなことはまったく調べもせず、無策で捕獲に向かった僕らが大物のカブトムシを捕まえられるわけもなく、来た時となにも変わらない状態で帰ることになった。
ただ森の中でひと騒動あった。木々が生い茂る密林地帯に入っていくのに誰1人、虫よけスプレーを用意していなかったのだ。先頭を歩いていた奴が蚊に刺されてからは、為す術なく有効な対抗措置を講じることもできず、情けない声を上げるだけで、みんな蚊の餌食になっていった。
ただ僕だけはなぜかまったく蚊に刺されることなく、無事に生還することができた。どうやら蚊も好みがあるらしいことを知ったこの日だが、なぜか帰りの車の中で、僕が蚊に刺されなかった理由は、良い物を食べていない、つまり貧乏だからということになった。
蚊に刺されない奴=貧乏。こんなムチャクチャな式は誰も習ってこなかったはずだ。しかしそのムチャクチャな式はこの日成立した。その日から僕のあだ名は「ボンビー」時々「ボンちゃん」
将来行われるであろう同窓会には、出席するまいと、卒業する前に決断することがあるということを知った、“ある日”だった。


僕も大人になりちゃんとした彼女ができた。ちゃんとしたって言うと、これまでもちょこちょこはあったけど的な雰囲気が出るけど、実際には、僕の記憶の中にはちょこちょこはない。
その彼女と初めての世界中の人類を虜にしている夢の国に行ったあの日。夢の国に行くと別れるとか、行くならこうしろとか、最初にこのアトラクションに行けとか、色々情報をゲットして行ったのに、彼女を楽しませることはできなかった。90分を超える順番待ちでは、沈黙が訪れ、一番人気のアトラクションには乗れず、パレードも人と人の間から少し見えただけだった。
夢の世界は誰しもに夢を見せてくれるわけではないと、初めて気付かせてくれた“ある日”となった。夢の世界にいる住人たちが全員夢心地のわけではないことを知った“ある日”だった。


記憶に薄く残っている“ある日”はたいした1日ではないが、そんな“ある日”が僕の毎日を作っている。

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