【ARUHIアワード11月期優秀作品】『オハナミ』松本侑子

(9) ハギ その2

春はやっぱり嬉しい。冬は一年で一番好きな季節なんだけど、やはり寒いので冬の終わりが近づくと、暖かさが恋しくなる。
春と言えば桜。私の家の通りを挟んで向かいにある公園には、桜の木が四本ある。小さな公園なんだけど、桜の木はどれも大きく、満開の時期はとてもきれいだ。しかも、住宅街の小さな公園だからか、町の中心から少し離れているからか、桜を見に来る人がとても少ない。人混みの苦手な私にはうってつけのお花見場所だ。
といっても、もっぱら自分の家から眺める事の方が多くて桜の木の下でランチとかやってみたいけど、やったことは無い。
「何してるの?」
物干し台から今は葉っぱばかりの公園を眺めていたら、ゆう君が階段を上ってきた。
「お花見。」
「何の?」
「桜。」
ゆう君はとりあえず私の隣に座って、同じ方向を眺める。
「来年の?」
さすがゆう君。みんな言わなくても、ちゃんとわかっている。というか、わかって当然か。
萩のお花見に行った日。ゆう君は帰り際に二人のおばあちゃんの猛烈アタックを受けたばかりなのだ。
「冗談でしょ。」
「本気だよ。」
「本気なの?」
真顔で頷く私に、ゆう君はまさかという顔をする。本気に決まっている。なんたっておばあちゃんはゆう君が大好きなのだ。
桜は私の部屋からも見えるんだけど、私の部屋は四畳半なので、ベッドと本棚だけでいっぱいで、あそこでお茶はちょっと無理。桜を見るなら、一緒に桜餅は食べたいし。お昼も一緒なら、ちらしずしも食べたい。そんなことを相談するともなく喋っていると、横でゆう君が笑い出した。
私はびっくりしてゆう君の顔をのぞく。なかなか笑いが止まらない。仕事のしすぎでおかしくなっちゃったのかと心配していると、ゆう君が私の髪をくしゃくしゃに撫でた。
「団子の心配、お疲れ様。」
「桜餅だってば。」

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