【ARUHIアワード11月期優秀作品】『オハナミ』松本侑子

(5)キク

 仏壇のお花を頼まれて、買いに行った。仏壇にはやっぱり菊なんだろうけど、華やかなカーネーションやかわいいカスミソウに目がいってしまい、結局そっちを買ってしまった。
「そうだろうと思った。」
おばあちゃんは呆れもせず、怒りもせず、私から花を受け取ると手際よく仏壇に飾っていく。
 仏壇には私が持ってきたお菓子(大好きな和菓子屋さんの太鼓焼き)とコーヒーが供えてある。その向こうでこっちを見ているのはおじいちゃんだ。私がゆう君のお嫁さんになるのを見届けて、空の向こうへ行ってしまった。
 仏間の壁にはおじいちゃんの兄弟の写真が飾ってある。おじいちゃんはおばあちゃんよりも一回り年上で(十二歳)そのお兄ちゃんという人もさらに一回り年上だそうだ。私はもちろん、おばあちゃんもその人に会った事は無い。戦争で亡くなったのだ。軍服を着た写真のその人は、今の私よりもずっと若く見える。
「弟の花。」
おばあちゃんは仏壇のおじいちゃんを見ながらそう言った。
昔の人は、菊の花の事を「弟草」と呼んだそうだ。春の桜が兄で、秋の菊が弟。華やかに空を埋めるように咲く桜は大きくて頼りがいのあるお兄ちゃん。大輪の立派な菊もあるけど、家の庭先や道端にも顔をのぞかせる菊は愛嬌のある弟。そんな感じらしい。
確かに、お花屋さんでカーネーションと並んでいたのは小菊で、小さな丸い花がかわいらしくもあった。
「次は菊にする。」
「だってさ。」
おばあちゃんは写真のおじいちゃんに話をふる。信じてない。
「本当だよ。」
「どうだか。」
おばあちゃんは、「ねえ。」とおじいちゃんの写真をみる。すると、おじいちゃんも、「どうだか。」という顔をしているように見えてきた。本当にしたかも。
私は手帳に「弟の花」と書いて2人に見せる。
2人とも一緒に笑った。ような気がした。

(6)オミナエシ

 今週はゆう君が出張(たまにある)で週中二日ほどいないので、おばあちゃんの家に泊まりに行った。
家事お休みデーと勝手に決めて、おばあちゃんのお家から出勤。出勤時間が大幅に長くなるんだけど、ご飯の心配も洗濯の心配もしなくていいので、ゆう君からもらったCDをかけながら、一時間近い道のりをちょっとわくわくしながら出勤した(なんと、おばあちゃんにお弁当まで作ってもらった)。
 久しぶりに通る道沿いは、あったはずのガソリンスタンドがなくなっていたり、長らく空き地だったところにコンビニができていたりして、なんだか知らない街を通るようで、ちょっとした旅行気分も味わった。
 そして、いつも草ぼうぼうの空き地はやっぱり草ぼうぼうで、その隣のいつも誰もいない小さな公園も草ぼうぼうだった。
 その公園と空き地に黄色い花が咲いていた。背がちょっと高くて、黄色い小さな花が小皿を裏返したみたいな形に空に向かってたくさん咲いている。
 それが真っ青な空にとっても映えて、本当に抜群の組み合わせの色合いで、写真に撮りたかったんだけど運転中だったので、ひたすらその色合いを目に焼き付けて職場に急いだ。
 午前の仕事がひと段落したところで、こっそりインターネットで朝のお花を調べてみた。
 お皿の裏返しの形とか、黄色とか、背が高いとか、いろいろ入れてみたんだけどなかなかそれらしいものに行き当たらない。考えた末、今日の日付を入れて、その次に花、といれたら今朝見た花の画像が出た。
 女郎花。秋の七草のひとつ。見たことあると思った。
 帰りはもちろん今朝の公園に寄り道。やっぱり誰もいない。まだ空は青く、女郎花の黄色は鮮やかで、空を背景に写真を撮る。
 黄色と空色。ゆう君に見せたい。

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