【ARUHIアワード11月期優秀作品】『ここが我が家』森野狐

 星が見えるだろうか?と馬鹿みたいなことをして全員で空を見上げた。星はほとんど見えなくて、それでも私たちは何か見えるまで一生懸命空を見上げた。
「ねぇ、さっきの話なんだけどさ」
「うわ、今度は比奈がぶり返すの」
「うん、考えたんだけど。この先何歳になってもさ、こうやって集まれた時夜中にラーメン食べたり、コンビニでアイスとかおでんとか買って食べたり、変な時間帯に散歩して、ハイテンションになったりできるといいよね」
 お調子者の比奈の急な真剣なトーンに私は面食らってしまっていた。それは他の二人も同じだったようで、意外そうに比奈を見ていた。けれども比奈の表情は真剣そのもので、おちゃらけた様子もない。うん、と小さく返事をすると初めて比奈は安心した顔をして、そして約束ね、と小指を差し出した。指切りげんまん。何年ぶりだろう。子供のようで安心した。
「じゃあ、家まで競争ね」
「なにそれ!子供じゃあるまいし!」
「よーい…ドンッ!」
 勢いよくスタートダッシュを決めた比奈に追いつくためそれぞれ勢いよく走り始めた。公園の砂や砂利がサンダルに挟まっていたかったが構わなかった。公園の入り口のゴミ箱にアイスのゴミを捨てて、静かな住宅街を爆走する女子大生四人。客観的に考えるとバカバカしくて、こんな自分たちが社会人になって、大人になって、そして老いていくなんて微塵も信じられなかった。
 うわー!と比奈が夜の街の中で叫び声をあげた。そんな比奈を私たちはケラケラ笑って見守ったし、私たち自身悲鳴をあげながら走っていたのできっと相当うるさかったに違いない。けれども構うものか。私たちは夜の世界に叫んでいた、ここにいるぞ!ここで生きているぞ!と小さな雄叫びをあげて、これから私たちが出向いていく社会という大きくて強者揃いの舞台に。自分の能力は途方もなく頼りなかった。けれども、周りに友達がいることは心底安心させてくれる。

 結局1位は意外に体力のあるあかりで、2位が比奈、そして3位が私、最下位は薫だった。四人でぜーはー、と全身で息をしながらもたもた、とあかりが玄関のドアを開いた。
「おかえり」
 玄関ドアを広く押し開けてあかりは笑った。ただいま!と比奈が大きな声で返事をする。
「おかえり!」
 私の肩を叩きながらあかりが言う。私も笑いながらただいまと言った。同じように薫を迎え入れ、最後に私たち三人は靴を脱いでフローリングの上に上がって振り返ってあかりを見遣った。
「おかえりー!」
「ただいまぁ」
 三人の「おかえり」にあかりは笑ってただいま、と言って扉に鍵をした。なにやっているんだか、と私たちは呆れ半分に笑ったが、もう半分は嬉しくて楽しくて仕方ないという笑いに違いない。この先何になるのか、どうなっていくのか、全く分からないが、とりあえず今ここに自分の居場所と照れくさいながらも「我が家」と呼べる場所があることは、心底心強かった。

「ARUHIアワード」11月期の優秀作品一覧はこちら
「ARUHIアワード」10月期の優秀作品一覧はこちら
「ARUHIアワード」9月期の優秀作品一覧はこちら 
※ページが切り替わらない場合はオリジナルサイトで再度お試しください

※本記事の掲載内容は執筆時点の情報に基づき作成されています。公開後に制度・内容が変更される場合がありますので、それぞれのホームページなどで最新情報の確認をお願いします。
~こんな記事も読まれています~

この記事が気に入ったらシェア