【ARUHIアワード11月期優秀作品】『ここが我が家』森野狐

「ご飯食べた?」
「…まだ」
 あかりは部屋の入り口に座り、私が部屋着に着替えている様をまじまじと眺めて居る。作家志望のあかりは時々こうして人の動作や表情をじっくり観察することがある。この視線にさらされると自分の内面まで見透かされているような気がして少しばかり居心地が悪くなる。
「じゃあさ、みんなで食べに行こうよ」
「…まだ食べてないの?」
「うーん、もう食べたけど。ラーメンとか…食べたくなる時間じゃん」
 にやにや、と笑いながらあかりが言うので私はおもわず時計を横目で確認してしまった。時刻はすでに12時を過ぎようとしている。こんな時間にラーメンなんて食べたら太る、という良心が首をもたげたが長い間食事にありつけていないお腹が悲鳴をあげた。ラーメン…。考えると口の中に唾液が分泌されて仕方がない。
「二人呼んでくる!」
 あかりの元気な背中を見送った。財布と携帯だけ手に持って、外は寒かったのでダウンジャケットを羽織った。


「背徳感あるー!深夜ラーメン!」
「ちょっと、近所迷惑」
 比奈が大声をあげて慌てて注意するも比奈はテンションが上がりきってしまい手のつけようがない。結局、全員が出られる状態になるまで15分ほど待つはめになった。大方外には部屋着で出られない薫の所為だったが、夜中に散歩をすることを好んでやまない比奈が異常なテンションになってしまい、薫にちょっかいをかけまくった所為でもある。
「こんな時間に食べたら絶対太っちゃうよねぇ」
「食べても太らないって思って食べたら絶対大丈夫だよ」
 みんなの良心、薫さんのまっとうな意見も無敵状態の比奈には通らない。こう言う上機嫌の比奈はいかなる良識ある意見も取り入れず我が物顔で突っ走ってしまう傾向にある。私はもう一人ご機嫌のあかりの隣で前を歩く二人を見つめた。
「もうこうやってみんなで夜中にラーメン食べに行けるのも限られてくるね」
「ちょっと、やめてよカオリン!そんなことをいいなすんな!」
 比奈の慌てた声が底抜けに明るい。
「卒業して、みんなバラバラになっちゃうもんね」
「あかりまで!なんなんだよぉ!」
 ちくたく。時計の針が聞こえて来る。いつまでもいつまでも夜中にふとした瞬間ラーメンを食べにいけるわけではない。家に帰れば友達がいて、毎日ふざけまわって、休みの日にはショッピングに行って、そうやって過ごせるわけじゃないんだ。ちくり、と胸が痛んだ。それでも時間はやっぱりすぎていく。24時間が過ぎればどんなに楽しくても1日が終わる。そんな当たり前の現実を今更突きつけられた気がした。
「未来のこととか、全然想像つかない。私今、真っ暗な闇の中にいるみたい。何になるとか、どうやって生きていくとか、全然想像できないや」
 ぽろり、と出てきた弱音が夜の街に静かに溶けていった。
「明日のことは明日が悩むよ。とりあえず今悩むべきことは何味のラーメンにするかってことだよ」
「なにそれ」
 言うや否や比奈は走って行ってしまい、私たち三人は爆走する比奈の後を必死に走って追いかけた。肩で息をしながらラーメン屋さんの列に並び、しばらくくだらない手遊びをして時間を潰し、深夜1時間近に熱々のラーメンを食べた。信じられないほど美味しいラーメンに私たちはお店の中で大騒ぎし、きっと店員も他のお客さんも迷惑きわまりなかったことだろう。ご機嫌でラーメン屋を出ると「コンビニでアイス食べたい」という比奈のわがままに全員で付き合うことになった。こんな寒い中でアイスなんて考えられない、と思っていたのにショーケースに並ぶアイスを見ていたらみんな自然とアイスを買ってしまった。帰り道私たちはそれぞれ自分が選んだアイスを食べながら少し遠回りして公園を横切った。

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