アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた11月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 家とは生まれ育った場所のことではない。闇の中で光を見つける場所のことだ。なんてことをうろ覚えで思い出した。きっと誰かが言った言葉だ。いや、もしかしたら自分が今作り上げた言葉かもしれない。
 運良く満員電車で座れて、私の意識が朦朧としはじめている。福原希、22歳、大学4年生間近。現在就活、勉強、アルバイトの三重苦を背負って生きている。朝は授業午後に面接へ出かけて、夜はアルバイト。こんなハードスケジュール、若くなければきっと担えきれなかった。慣れないパンプスで足はギチギチ痛むしふくらはぎに水が溜まっているのがわかる。昨日も夜遅くまで卒論を書いていた。もう充電切れ気味眠らないように必死に電車内の広告を読み上げる。結婚式、脱毛、自己啓発本、抜け毛…。ガタガタ、と動く車内には私よりも疲れた顔の社会人たちが鬱蒼と運ばれている。

 最寄駅に到着すると人の波に乗ってホームに降りてエスカレーターに運ばれ、改札まで歩く。改札を抜けると見慣れた帰路を何も考えずに進んだ。家賃の安さと大学の近さを重視して選んだ我が家は駅から歩いて数十分かかる。最初こそ心底長く感じた帰路だが、今や慣れたもので苦にも感じない。何も考えずとも足を動かしていたら体が覚えているのかいつのまにか家に着くのだ。
 住宅街に入り、長い一本道を進む。大学で知り合った友達と自分、合わせて四人でシェアハウスをしよう、となったのは2年の終わり頃だった。もともと寮に住んでいたが、新入生が入ってくるたびに居心地の悪さを感じ、仲良くなった友人たちだけで住みたい、と漠然と思うようになったのだ。そこで仲間の一人が大学付近にそこそこ安値の一軒家を見つけた時もはやシェアハウスをすることは夢物語ではなく実現可能な目標に変わった。
 木造、耐震性なし、個室が4部屋と広めのキッチン・ダイニングそして浴槽とトイレが別ときた。ギシギシ、と床が鳴ることと異常に入り口が狭いことを飲み込めば最高の物件だった。そこに今女四人で住んでいる。
 見慣れた赤いレンガの道に無性にホッとする。まとめていた髪の毛をほどいて、ポケットから鍵を取り出した。もう日も暮れて真っ暗な住宅の中、我が家の光というのは死ぬほど安心するものだ。

「ただいまぁ」
 返事は返ってこない。各々が自分の部屋にいるのだろう。中間の季節なので各々卒論や中間テストの勉強でもしているのだろう。小さな一軒家にしては多すぎる数の靴が散乱する玄関を抜けて自室へと向かう。コートを脱いでシャツのボタンを外しているとドタドタ、と二階から足音が聞こえてきた。
「おかえり、希」
「ただいま。あかり今起きたの?」
「ううん、ゲームしてた」
「のんきねぇ」
「薫と比奈も帰ってきてるよ。呼ぶ?」
「いい、いい。なんかしてるんでしょ?」
「うーんどうだろう、ゴロゴロしてるんじゃないかな」
 あかりは同居人の一人で、就職せずに作家になるつもりらしく就活時期にものんきに過ごしている。私からしてみれば羨ましいご身分だ。なんにも切羽詰まった様子ではないあかりを見ていると自分の焦りが無性に哀れに思えた。
 いい企業に就職しなければ、ちゃんとしないと、大学も好成績でなければ。両肩にのしかかるプレッシャーは大きい。実家は片田舎にあり、下の兄弟が4人もいる。私は長女で両親の期待は大きい上に、下の兄弟たちの大学への学費を幾分か肩代わりしてもらおうという三段までつけられているのだ。お金持ちの家の出の薫や、末娘の比奈、そしてそもそも家族と関わりの薄いあかりとは置かれている状況も、責任も桁違いだ。
 いいご身分で、と時々性格の悪い自分が彼女たちに悪態を吐く。最悪だ。そんな嫌な友人にはなりたくないのに。

この記事が気に入ったらシェア

オススメコンテンツ

おすすめ記事