【ARUHIアワード11月期優秀作品】『# home』村田謙一郎

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた11月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 スマホの画面には、東京タワーをバックに笑顔の彩と私が映っている。
 1週間前に遊びに行った時のものだ。ほんとは早希も来るはずだったけど、風邪にやられたとかで彩とふたりになった。まあ彩とゆっくり話すのも久しぶりだったから良かったけど。
 東京を離れて半年。でも随分経った気がする。東京タワーを見てホッとするっていうと、
スカイツリーじゃなくて? と言われそうだけど、私にとって、生まれてから17年暮らした街のシンボルは、やっぱりこの赤いタワーだ。
 ハッシュタグはもちろん[#tokyo]。ただ気になるのは、[いいね]の5という数字。別にいいね依存症じゃないけど、明らかに件数が減ってるのはいい気がしない。
 着替えて出る時間だけど、全く気乗りせず。木目が広がるシミだらけの天井を見ながら、新しい写真をSNSにアップする。センター街での結衣とのツーショット。結衣、指定校枠で、もう大学決まったって言ってたな。ずっと遊んでばかりいたのに、なんであの子が推薦してもらえるの? ずるい。そう思ったけど口には出さなかった。
 しかし暑い、扇風機で過ごす夏なんて生まれて初めて。ここは避暑地だから東京に比べて涼しいよなんて嘘もいいところ。クーラーをつける余裕がないのはこっちだってわかってるのに、なるべく早く頼むからなんて白々しいことを言う。もっともクーラーをつけたところで、隙間だらけのこの家を冷やすには時間がかかるだろう。冬の石油ストーブも、部屋があったまるまで毛布にくるまって待ってたんだから。

 制服に着替えて台所にいくと、テーブルの上には、カゴに入った色々なパンと、書き置きがあった。『フルーツジュース冷蔵庫にあるから』
 私は、パンにもジュースにも手をつけず、コップ一杯の水道水を飲んで玄関へ向かう。東京の水も最近は商品として売ってるくらいで悪くないけど、水だけはこっちの方が圧倒的においしい。

 玄関を出て鍵を閉める。築70年程の木造、瓦屋根の平屋。最近は古民家への移住が静かなブームって聞いたけど、この家には古民家と呼べるほどの歴史はない。ただ単に古いだけの何の特徴もない家。周囲にも同じようなつくりの家が並んでいる。慣れ親しんだマンションなどというものは一軒もなく、その分、青空がやけに近くに感じる。
 強い日差しの中を歩く。家から私が通う県立高校までは徒歩で25分。電車を乗り継いで通っていた東京の時と比べると、楽といえば楽だが、その分暑さ、寒さを耐えてということになる。通りにはコンビニや駐車場はなく、点在する家の間にあるのは、もっぱら畑や草地だ。前方には標高を備えた山並が広がっている。
「二宮さーん」
 その声に振り返ると、優子が走って近づいてくる。
「おはよう。今日も暑いね」
「だね」
わざと素っ気なく答える。優子の足元をみると靴は泥や砂で汚れている。
「……ちょっと朝から手伝ってきたから」
私の視線に気づいたのか、優子は照れ隠しのような笑みを浮かべた。
「大変だね」
「あ、もう咲いてる!」
 空気を変えるように優子は声を上げ、道の脇に駆け寄った。
「二宮さん、引っ越してきたの冬だったから、山ゆり見るの初めてだよね。私、この花大好きなんだ、大きくてきれいで」
 白地に黄色い帯状の筋が入った、20センチぐらいの大きな花びらが揺れている。立ち止まって一瞥し、また歩き出す。すぐに優子も追いかけてくる。
「夏になったら、この辺りもひまわりの黄色に覆われて、すごいきれいだよ」
 黙ったまま私は歩く。

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