【ARUHIアワード11月期優秀作品】『おばあちゃんのカレンダー』宮沢早紀

「何これ?」
小さな字がよく見えず、実香子からカレンダーを取って見た。実樹が見たのは8月だった。
1日(水)石黒さん誕生日
2日(木)矢留さんひ孫(予定日)
3日(金)曽根さん旦那さん命日
4日(土)敬子さん誕生日
5日(日)えっちゃんお嬢さん結婚式
6日(月)ノブさん退院
7日(火)水本先生、舟木さん誕生日
8日(水)みつ施設出発(茨城へ)
9日(木)邦子さん誕生日
10日(金)沢田さん個展初日
11日(土)彬さん誕生日
12日(日)関下町老人クラブ
上の2週間だけを見たが、全ての日に祖母の書き込みがあった。
「すごくない?毎日誰かの何かが入ってる」
「ほんとだね。てか、ノブさんとか水本先生って誰?聞いたことないんだけど…」
「習い事の俳句教室か、通院してる整骨院の人じゃない?私も分からないや」
「さすがおばあちゃんコミュ力高い」
「ほんとに。いつの間にこんなに…」
実樹と実香子は感心しながらパラパラと他の月も見た。5月21日には当然のように「実香子誕生日」と書かれていたし、11月18日にはしっかりと「実樹誕生日」とあった。
「おばあちゃんさ、前からこんな風にしてたの?全然知らなかったんだけど」
「何かあると電話したり手紙書いたりしてたのは知ってたけど、こんなに書き込んでるのは知らなかったわ…」
よくスケジュール帳に空白ができないように予定を詰めこむ人がいるが、それよりよっぽど良い、と実樹は思っていた。しかし、実樹自身はこれだけの誕生日、記念日を把握するなど自分にはできないし、疲れてしまいそうだとも思った。
「これ、お母さんに見せてあげよう」
「覚えてるかな?」
「忘れてるかもね…でも、持ってこう」

 後日、実樹と実香子は施設にいる君枝を訪ねた。施設には衣服などを除き身の回りのものを持ち込んではいけない決まりがあった。君枝の入所時にその話を聞いた実樹はお気に入りの宝石がちりばめられた置時計も家族の集合写真が入った写真立ても、持っていくことのできない君枝を不憫に思い、
「ちょっと厳しすぎじゃない?」
と実香子に聞いたことがあった。実香子もはじめは余生を過ごすのに使い慣れた物を持ち込めないのは気の毒に思ったが、一方で、どんどん認知症が進んでいく君枝には自分の持ち物を認識することすら難しくなっていくのではないかとも思っていた。
「トラブルを避けるためなんだって。過去に色々あったみたいだよ?」
と施設の人が言っていたことを実樹に伝えたあと
「でも、やっぱりちょっとかわいそうだよね」
と付け加えた。
認知症が進んだ君枝は娘である実香子のことはすぐに分かるが、娘婿の俊樹や孫の実樹のことは教えてもらわないと誰だか分からなくなっていた。君枝は自身の子供の頃のことはよく覚えていた。年の離れた3人の弟の世話を母親に代わってしたのだ、と見舞いに来た実香子によく話す。反対に実樹の弟の俊直が大学院の試験に合格したことなど、最近のことはすっかり忘れてしまっているようだった。会う度に実樹が就職してから何度も転勤している話や俊直が大学院へ合格して通っている話をするが、次に会った時にはリセットされてしまう。
「調子は?どう?」
席に着くとすぐに実香子が尋ねた。
「痛くも苦しくもない」
車椅子に乗った君枝が返す。
「この人、誰だか分かる?」
実香子が実樹を指して聞くと、君枝は難しい顔をして黙ってしまった。沈黙に耐えられなくなった実樹は
「実樹だよ。おばあちゃんの孫、孫」
と困った笑みを浮かべながら説明する。君枝は表情を全く変えないまま
「そうなの」
と分かったような分かっていないような返事をした。
実香子は床に置いたトートバッグをガサガサ言わせながら、祖母の家で見つけたカレンダーを出した。

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