【ARUHIアワード10月期優秀作品】『友情クリスマス』松浦海斗

 居酒屋に行った2人は、しばらくは酒を飲みながら仕事のことなどを話していた。ひと通り話した後で、田中のほうから話を切り出した。
「実はお前に頼みがあるんだ」
 田中は恥ずかしそうな表情を浮かべている。
 桐生は「いつも無口で無愛想なこいつがこんな表情を見せるなんて」と少し驚いたが、「何だい、頼みって?」と訊き返した。
「実は、その……」
 田中がなかなか話をしない。
「いいから、話してみろよ。俺もできるだけ協力するからさ」
 桐生のそのひと言で意を決したのか、田中が口を開いた。
「実は……好きな女性ができたんだ」
「好きな女性ができた? アニメオタクのお前に?」
 田中の言葉に桐生が驚いた。アニメのキャラにしか興味がなさそうな田中の口からそんな言葉が出るとは全く予想もしていなかった。
「アニメのイベントで知り合った女性なんだが、今度のクリスマスにその女性と会うことになったんだ」
 田中が照れくさそうに、一方でうれしそうに話をした。
「すごいじゃないか! よかったな!」
 桐生は田中の言葉に素直に喜んだ。その後で思い出したように、
「それで、俺に頼みって?」
 と尋ねると、田中がぼそぼそと小さな声で答える。
「どうも彼女はいい家のお嬢様らしくて、それでクリスマスにフランス料理のレストランに行くことになったんだ」
「お前がフランス料理のレストラン? 行ったことがあるのか?」
「もちろん、ない」
 田中が即答する。
「フランス料理はワインの選び方とかマナーとかいろいろ面倒っていうじゃないか?」
 田中が不安そうな顔をする。
「まあ、慣れればそうでもないが、確かに最初はとまどうかもしれないな」
 桐生はフランス料理の店も何度か行ったことがあるので、ひと通りのマナーは知っていた。
「そこでお前に頼みがある」
 田中が桐生の目をじっと見る。
「彼女と会うときにお前もいっしょに来てくれないか?」
「俺もいっしょに? でも、2人でデートなんだろ」
 桐生が怪訝な顔つきをして訊き返す。
「それは大丈夫だ。彼女も友だちを連れてくると言っている。最初から2人きりだと緊張するからそうしようということになったんだ」
 田中がすがるような目で桐生を見る。
「頼む。俺1人じゃはっきり言って無理だ。いっしょに来てワインの注文の仕方やフランス料理のマナーをそれとなくアドバイスしてくれないか、頼む」
 桐生は必死にお願いする田中を見て微笑ましく思った。「会社では無口で暗い表情をしている田中が、こんなに必死で頼むなんてなあ。よし、力になってやるか」
 桐生がうなずく。
「わかった。協力するよ。当日は俺もいっしょに行く」
 田中の顔がぱっと明るくなる。
「本当か? ありがとう、恩に着るよ」

「さて、俺からもお前に頼みがあるんだが……」
 ほっとした表情をしている田中に向かって、今度は桐生がぼそぼそと小声で口を開いた。

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