アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた10月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 旅から旅へと全国を流れるさすらいのギタリスト。
 そう言えば、格好がつくかもしれない。
 実の所は、ギターを後部座席に突っ込んだ軽自動車で全国を駆けずり回るドサ回りの流しだ。
 ライブハウスで演奏が出来るというのは、今や奇跡みたいなもので、居酒屋の片隅、ひなびた温泉街の宴会場なんて辺りが、俺のメインステージとなっている。
 声がかかれば、どこでも愛車をかっ飛ばしてやって来る。その身軽さが重宝がられるのかもしれない。
 今時、どんなに地方であってもミュージシャンを名乗っていれば、ほとんどが事務所に所属している。そうすると色々と面倒であったり、気を遣うこともあるのだろう。一方で、俺は『ちょっと来てくれよ』の一言で済む。ギャラがいくらだ、拘束期間はこれくらいだと細かいことは後回しにする。その調子だから、俺は未だに四十手前になっても住所不定、マイホームは軽自動車なのだろう。分かっているし、狭い車内で体を丸めて眠るのはそろそろ堪えるのが正直なところだ。しかし、俺はずっとこうだったし、これからもずっとこれしかない。新しい日々なんて待ち受けていない。

 そう考えている今だって、東北自動車道を山形へと向かって飛ばしている。昨日は、川越の居酒屋で酔っ払いを相手に演奏をし、今日は山形の庄内市にある旅館で余興だ。

 昼過ぎに旅館に着くともちろん誰も迎えなんて来ていない。
 フロントを訪ねると楽屋という名の従業員休憩室に案内をされた。部屋があるだけマシだ。それに有難いことに弁当が用意されていた。リンゴが同じ弁当パックに入っているせいで、せっかくの米や牛肉のしぐれ煮に匂いが移ってしまっているのがもったいなかった。
 食べ終わる頃、俺を呼んでくれた支配人がやって来た。
「遠くまでありがとうございます」
「いえ、こちらこそありがとうございます。これ、ご馳走さまでした」
「山形はお米、美味しいでしょう?」
 さすがにリンゴの一件は言えなかったのでただ頷くだけにした。
「でしょ。それで、あの、今日はちょっとお願いがあるのですが」
「何でしょう?」
「演奏にボーカルを入れて頂きたいのですよ」
 そう言うと肌の浅黒い女性が現れた。一目で外国人であることが分かった。
「初めまして」
 女は頭を下げると流暢な日本語でそう挨拶をした。
「ルルさんです。彼女、フィリピンの方なのですが、まあ、その私の行きつけのアレのアレでして、使ってくれと。歌は上手なのでご安心下さい。いつもカラオケで」
 よくある話だ。アレのアレと言うが実際は支配人のアレなのかもしれない。それに普通は出番当日の数時間前に、どこの馬の骨とも知らない人間をボーカルに使えなんて言われたら、拒否するだろう。しかし、俺はそんなことは構わない。俺に与えられた時間をきっちりとこなせば良いのだ。例え、彼女がド下手であっても俺は問題ない。
「僕は構いませんよ。持ち時間はどれくらいですか?」
「20分にお客様からのリクエスト時間を加えて合計30分くらいということで」
「分かりました」
「では、よろしくお願いします」
 支配人は出て行って、部屋には俺とルルさんの二人きりとなった。
「あなたのお名前は何ですか? 私はルルです。三十一歳です」
「あ、すみません。斉藤です」
「斉藤さん」
「うん。あ、三十七歳」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 日本人よりも丁寧だ。
「ルルさんは、どんな曲が歌えますか?」
「私、『氷雨』とか『喝采』などをよく歌います」
「その年で渋いね。ちょっと聞かせてよ。『喝采』やってみようか」
 俺はギター取り出した。
「素敵なギターです」
「これが命だからね」
 俺がギターを弾き始めると彼女が歌い始めた。透き通りながらも、どこか重しのある声。俺は聞き惚れた。
「素晴らしいね。プロより上手い」
「私、プロになりたかった。でも色々ありました」
「そっか。生きてると色々あるよね」
「はい」
 俺もルルさんも次の言葉を探して黙ってしまった。しかし、たった一曲を一回だけ合わせただけでは、いくら宴会の余興であってもまずい。俺は『氷雨』を弾き始めると、ルルさんは歌い始めた。言葉が見つからない時、音楽があって良かったと思う。それに、今日はそこらのコンサートより良い出来になるかもしれない。

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