【ARUHIアワード10月期優秀作品】『介護ヘルパー鞠子の苦悩と幸せ』長井景維子

お給料日が来て、結構な手取りになり、嬉しかった。施設に通うと夜勤もあり、手当もつくので実入りは多い。お金がこのくらいもらえなければ、逆にやり甲斐を感じるのは難しい仕事かもしれないとも思ったりした。

介護福祉士の資格を取って、キャリアアップすることも視野に入れるようになった。住宅ローンを早く完済してしまいたい。決して楽しい仕事ではないし、向いてるかどうかわからないけれども、自分の状況や年齢を考え合わせて、今はこの仕事がいいんだろうと思う。義母を亡くして思い立って取った資格だから、働いている限り、義母が見守ってくれている気がしている。義母の面倒を見てくれた人たちへの恩返しにもなると思う。

自分の両親は山形県の酒田というところに住んでいる。自然の豊かなところであるし、食べ物も美味しい。二人とも健康で、70代だ。しかし、2年前に母がリウマチに罹り、今は薬を飲んでいる。まだヘルパーが必要なほどではないので、二人で海外旅行に行っては、土産を買って来てくれる。父は血圧が多少高いので、投薬を受けているが、毎日晩酌を適度に楽しみ、タバコはやらず、釣りや散歩が趣味だ。

鞠子は他人の高齢者のお世話をする仕事にせいを出す反面、自分がお世話をすることで、 両親と義父の健康、長寿を神様からいただければいいな、と思っている。そんなことがあるかどうかわからないが、せめてもの、密やかな祈るような気持ちである。いつか、みんな介護保険のお世話になるにしても、できるだけ遅いほうが良い。

だから、どんなに嫌がらせを認知症老人にされても、鞠子は耐えられた。自分の親の長寿のため、私が試練をいま味わっているんだ、と考えて、なんとか耐えた。こんな形の親孝行しかできない自分だったが、親は何も知らないが、でも良かった。それでもいい。義母が見ていてくれればいい。

そんな気持ちを知ってか知らずか、美紅は夏休みに山形へ一人で行き、鞠子の代わりに親孝行して来てくれた。そして、将来、山形大学の医学部に行きたいから、祖父母の家に下宿させて欲しいと言ってきたと言う。鞠子と純一は後から聞いて驚いたが、国立だから、行かせて欲しい、と頼まれて、断る理由もなく、ただ嬉しかった。女医が必要とされるのはきっと産婦人科だろうと考えているようだ。それもいいだろう。いつの間に大きくなったものか。まだ高校一年生だ。

鞠子は介護福祉士になることを真剣に考え始めた。収入も良くなるし、昇進もある。将来主任などになれればいいと思う。

美紅は、
「お母さん、もし、お医者さんになれたら、いっぱいお給料もらって住宅ローン肩代わりしてあげる。二世帯住宅だし、私が結婚して一緒に住む人探せばいいもんね。おじいちゃん、お父さんとお母さんと一緒に食べるようになれば、一階のキッチンとダイニング空くでしょう?」
「ははは。そんな先のことまで心配しなくていいよ。でも、ありがとう。美紅はいい子だね。」

親の老後、そして自分の老後、立ちはだかる暗い壁を打ち破るのは、若い力だ。そして、祈るように善行を積むことも、立ちはだかる壁を打ち砕く気がしていた。鞠子は今日もまほろばの郷へ向かって自転車をこぐ。登りかけた満月にかかる雲が優しく街を照らす。今夜もなかなか寝てくれないお年寄りに、さあ、ゆっくり休んでください、と優しく毛布をかけて回ろう。いい仕事だ。気に入ってる。鞠子は微笑んだ。

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