【ARUHIアワード10月期優秀作品】『応接間という特別な空間』近藤千明

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた10月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 「学校でいじめられているのか。」「お父さんが毎日家にいることが原因か。」
と父があれほど悲しげに、不安な顔で話したのは、あの日以来無いような気がする。
もう20年近く前のことだが、昨日のように思い出すことができる。
 地元の中学ではなく、受験勉強をして、遠方の中学校に入学した。過疎化していた地域で両親が生徒数の少なさを気にして、電車で約1時間の中学校を勧めてくれた。勉強を教えてもらい、塾へ通わせてもらい、と両親の多大なる支えで受験に合格することができた。緊張と楽しみの両方の気持ちで電車に揺られながら、今まで知り合うことのなかった都会育ちの同級生に囲まれながら刺激的な学校生活が始まった。1学年の組が多いうえ、1クラスの人数が多く、教室に並べられた机の隣との距離が近すぎることに驚いた。着なれない制服のスカートにしわが入らないよう気にしながら授業前後の起立・礼、大勢の前で恥をかきたくないと先生に当てられないようにと祈っていた。朝八時近くに出て、早い時は二時ぐらいに帰ることができた小学校までとは違い、朝起きる時間が早くなり帰る時間がだいぶ遅くなる。1時間に3本しかない電車に乗り遅れないように朝起きて、夜7時に帰り、次の日までに大量の課題を終えなければならない。お腹が空いてクタクタになっており、テレビを見る時間が少なくなった。お風呂に入ったら、すぐにぐっすり寝ることができた。自分は絶対にあんなことはしないであろうと思っていたにもかかわらず、ときに授業中に居眠りしてしまうという、漫画であるような睡魔との闘いも経験した。また、入学して間もなく、クラブ活動を決める時期がやってきた。運動部・文化部合わせて選択肢はたくさんあるなかで、小学校の体育で2,3度しかゲームをしたことがないが面白いと感じたため、バスケットボール部の見学に行った。練習風景を見て、ハードそうだが、カッコよさを感じ、ほかの部活動の見学へは行くことなく、入部を決めた。文武両道で、勉強でもクラブでも好成績を残すことに強い憧れを抱いていたのだ。


 しかし、半年も経たないうちに、いつものように朝6時半に起きて学校に行こうと思うと、おなかのあたりに痛みを感じ始める。前日の行動で原因となりそうなものはない。それまでも食べ過ぎや寝冷えでおなかを壊すことがあったが、おなかを壊したときの痛みとは違う、もやもやとしたものを抱えていた。制服には着替えているのだが、いつも乗る電車の時間に間に合わないなと思いながら、8時を過ぎて母から学校へ電話で体調不良により休む旨を伝えてもらう。制服を脱ぎ捨て、着なれたジーンズとTシャツに着替えるが、休んでしまった罪悪感もあって、朝ごはんがのどを通らない。いつもならば、食パンに好きなジャムを塗って、あっという間にパクパクとすぐに食べ終えることができるのに、食べられない。しかし、お昼を過ぎ、時間がたつにつれてだんだんと朝の痛みが消え、夕食はごはんをおかわりするほど回復した。本当に体調不良で休んだのかと疑われるくらいで、明日は行こうかなと布団に入るのだが、次の日になると昨日と同じように痛み始める。その次の日も、と繰り返し学校を休むようになった。特に病気が原因とは思えないが、なぜか学校に行けない娘を心配した母親にかかりつけの病院に連れて行ってもらうのだが、検査を受けても健康状態に悪いところあるわけではなかった。診察中もありのままを話し、お医者さんには、
「ちょっとしたがんばりすぎかな。」
との一言と、気休めのお薬を処方してもらう。

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