アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた10月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 情けないことに私は、ゆうこちゃんにもう会うのはやめましょうと言われたとき、あまりにも嫌で大きな声で泣いてしまった。
 ゆうこちゃんの諭すような優しい声色がいけなかった。私のことを本当に大事に思ってくれている、ということが、どうしたってその声に滲み出ていたのだ。私は泣いて、ゆうこちゃんのアホ、どうしてそんなことを言うの、と、小さな子供のように駄々をこねた。ゆうこちゃんは薄いブラウンのアイブロウで描かれた眉を困ったように下げていた。
 困らせたいわけじゃないのに、どうして私はいつもこうなのだろう。
 一年前、私はゆうこちゃんに初めて出会った。当時私は奥さんのいる男の人と付き合っていた。私は家族が欲しかった。あたたかい家庭が、帰る家が、なにより自分にとって大切な人というものが欲しくてどうにかなってしまいそうだった。
 今思えば当時付き合っていた人、つまりゆうこちゃんの旦那さんは、私を恋人というより野良猫を拾うような気持ちで家に連れ帰ったのだろうけれど、でも当時の私からしたらそれは、欲しくてたまらなかった他人からの“承認”だった。
 ゆうこちゃんと、ゆうこちゃんの旦那さんの鈴木さんと、私の、奇妙な共同生活。ゆうこちゃんは自分の旦那が見知らぬ女を外から連れ込んだというのに、文句ひとつ言わずにこにこしていた。今思えばかなり変わった人だと思う。
 私ははじめゆうこちゃんが嫌いだった。ゆうこちゃんさえいなければ、鈴木さんは私と結婚してくれるのに、と思ったのだ。実際には多分、鈴木さんは私のような安定感のない女は好みじゃないだろう。でも当時はまだ幼く、そういうことが何一つ、本当に一つもわかっていなかったので、どうやってゆうこちゃんを鈴木さんの奥さん、という座から蹴落としてやろうか、といつも考えていた。
 ゆうこちゃんは栗色の長い髪をふわふわに巻いて、外国のお姫様みたいだった。ぽやん、とした優しい顔立ちも、干したお布団のようなあたたかい声色も、なにもかも私とは真逆だった。私は元からきつい顔立ちをしてはいたが、実家を飛び出しふらふらしているうちに、さらに近寄りがたいオーラを纏っていたと思う。
「ともちゃんは野良猫みたいねえ」
 ある日ゆうこちゃんは、洗濯物を畳みながらそんなことを言った。鈴木家のソファに図々しく横たわって漫画を読んでいた私は、そんな風に急に言われて目を白黒させた。
「なに、小汚いってこと?」
「そうじゃないわよ、どうしてそうツンツンするのよ」
「じゃあなに」
「気まぐれなかんじが、なんだか、昔近所に住んでいた猫ちゃんを思い出すの。たまに自分から寄ってきたと思えば、こっちが近づくとさっと逃げていくの。ふふ」
 ゆうこちゃんは「よし、お洗濯終わり!」と立ち上がった。私たちは無駄に広い鈴木家に毎日二人でいた。毎日毎日、鈴木さんの帰りを待った。
 鈴木さんはけっこう奔放な人で、口には出さないが、外に恋人がいる、というのが露骨すぎるくらいにわかった。それでも私とゆうこちゃんに対して優しかった。お菓子やお土産を買って帰ってきてくれたり、可愛いお洋服やアクセサリーもくれた。鈴木さんにとって私たちは、もしかして二人とも等しくペットのようなものだったのかもしれない。
 私は鈴木家に長くいるうちに、段々ゆうこちゃんの大らかな人柄や、なによりおっちょこちょいな性格のせいで放っておけなくなってきて、親しくなっていった。
「ねえゆうこちゃん、どうして鈴木さんなんかと結婚したの」
 その日も鈴木さんは帰ってこなかった。ゆうこちゃんお手製の少しこげたハンバーグを食べながら私は、そんな風にきいてみた。その時点で私は鈴木さんに対して恋愛感情のようなものを持つことはなくなっていたし、むしろゆうこちゃんを放って遊びふけるなんてひどいやつだ、と自分の立場を棚にあげてそんなことすら思っていた。
「どうしてって、いい人じゃない、彼」
「そうかなあ。外に愛人作ってるのに?」
「そんなこと言うもんじゃありません」
 ぴしゃりと言われて、私は黙った。ゆうこちゃんはのほほんとしているように見えて、結構頑固だ。

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