【ARUHIアワード10月期優秀作品】『はじまりの秋』間詰ちひろ

 男物の洋服なんかは見つけられないし、先月来た時にはなかった高価そうなツボや、健康関連グッズも目に付くところにもなさそうだ。サツキからは「指輪とか、なんか小さい目立たないものを買わされているかもしれない。和室のタンスの引き出しもこっそり探ってみて。おばあちゃん、大事なものはいつもそこにしまうから」などと言われてきた。タンスの引き出しを勝手に開けて物色するなんて、むしろすみれが泥棒みたいじゃないか。そう思うと、すみれは気が重くなってしまい、小さくため息をついた。
「ため息なんてついて。なにかあった?」
お茶の準備をしながらも、菊枝はすみれがいつもと少し様子が違うことに気がついていた。
「心配事でもあるの?」
 菊枝にそう聞かれ、すみれはなんと答えていいか迷ってしまった。もう直接聞いてしまったほうがいいのだろうか? 少し迷いながらも、すみれは「ちょっと前にね、お付き合いしてた人にフラれちゃって……」と、切り出した。菊枝はあらぁ、と少し驚いた顔をしながらも、すみれの話を聞いてくれた。
「優しい人だって思ってたのになぁ。でも結局ダマされてた、と言うかバカにされてたんだよね、私は」誤魔化そうとしていたのに、つい自分の話をしてしまい、すみれは少し涙ぐんでしまった。菊枝はその様子を見て「すみれちゃんも、おじいちゃんみたいに、一途な人を見つけなくちゃダメだねえ」と、すみれの前に湯呑みと、ティッシュをそっと置いてくれた。
「おばあちゃんは、だまされたことないの?」すみれは、湯のみ茶碗を両手で持ちながら、ちらりと祖母の顔を見た。
「おじいちゃんとはお見合い結婚だったけど、ずうっと優しい人だった。おじいちゃんと結婚する前に、お付き合いした人もいないし」菊枝はすみれに向かって優しく笑いかけた。
「おじいちゃんね、いつもお花を買って帰ってきてくれたねえ」
「お花?」すみれが不思議そうに聞き返すと、菊枝は小さくうなずいた。
「やっぱり結婚したばっかりのころは、些細なことでケンカもしてね。でも、ケンカのあと仲直りする時にはいつも小さな花束をプレゼントして謝ってくれてね。いまではおばあちゃんが、お仏壇にお供えするお花を買って……。お花を買ってあげる立場が反対になっちゃった」
 思い出話をする菊枝の眼差しは、とても遠くにいる祖父の姿を探しているようで、寂しげな光がぼんやりとにじんでいた。
「じゃあケンカが続くと、家中お花ばっかりになってたんだ」しんみりとした空気をかき消そうと、すみれはわざとからかうような口調で言った。すると菊枝も思い出したように「そうそう、花瓶が足りないってあきれたこともあったねえ」と、くすくす笑った。すみれはふと玄関に飾ってあった花を思い出し、菊枝にたずねた。
「そういえば、玄関の写真の横にお花を飾ったんだね。前は写真だけだったのに」
すると、菊枝はハッと思い出したように顔を上げて「そうそう!」と明るい声を出した。
「すみれちゃん、お母さんから聞いた? 二階の空いてる部屋にね、今月末から下宿してもらうことにしたの」
「下宿……?」すみれは少し眉をひそめた。なんだか母から聞いた話とちょっと違っている。
「あ、えっと。実はおばあちゃんが若い男の人と一緒に暮らすから心配だって、様子を見にきたんだけど……」すみれが恐る恐るそう言うと、菊枝は大きく目を開いてびっくりした顔を見せた後、声を出して笑い始めた。
「サツキったら、どんな勘違いしてるんだか……! おかしいったら。もう、笑いすぎて涙が出てきたわ」目尻に溢れた涙を手の甲で拭いながら、菊枝は「あぁ、苦しい」と言いながら呼吸を整えた。
「まあ、確かに。下宿予定の人は若い男の人だけどね。でもお母さんが想像してるような関係じゃないよ。あくまでもおばあちゃんは大家さんとして、一部屋貸すだけ」
※本記事の掲載内容は執筆時点の情報に基づき作成されています。公開後に制度・内容が変更される場合がありますので、それぞれのホームページなどで最新情報の確認をお願いします。
~こんな記事も読まれています~

この記事が気に入ったらシェア