アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた10月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。


明日で15歳になるが実感はわいてこない。
たぶん明日もいつものように太陽が昇り、携帯電話のアラームで目覚め、犬の吠え声がし、また何も変わらない日を生きるのだと思う。
これは、14歳最後の日に書いた、15の私へ贈る愛の備忘録。


1
母はチャレンジ精神にあふれた人だった。中学受験を控えた私にいつもお菓子を買ってきてくれたのだが、同じお菓子をもらったことがない。新作や期間限定のものを見るとすぐに手をだし、聞いたこともないメーカーにも臆することなく挑んだ。ほとんどのものが私の口に一度だけ入り、今生の別れと相成った。コマーシャルで見る、有名で味が保証されている大手メーカーのものだけ買えばよいのではないか、母に一度だけ抗議したことがある。
「人生は一度しかないんだ。同じことを30回経験するより30個のことを一度ずつ経験した方がきっとためになる」とすました顔で挑戦者はけろりと言った。それからというものは私もこういう性分の家に生まれたのだ、しょうがないと割り切ってまた一口目で母へ渡すのだった。


2
母は「気持ち」を何より重視した。小学生の頃、毎週日曜日に穴の開いていない銀色の硬貨を2枚受け取るだけだった私は友達に満足な誕生日プレゼントを贈ることが難しかった。
母に事情を話せばいくらか援護射撃をしてくれるが、高価なものやたくさんの品を贈ることは許されなかった。値札をにらみ吟味する私の後ろから「小学生のプレゼントなんて500円でよろしい。大切なのは気持ちだ。たくさんの贈り物より長い一通の手紙だ」と呪いのように唱えた。当時私の周りでは筆箱を贈り合う事が定番だった。筆箱は自身の権力の象徴であり、武将にとって城のようなものだった。クラスの中で目立つ子ほど流行の最先端の筆箱や、可愛らしいキャラクターがプリントされたとても大きな筆箱を持っており、無地の小さな筆箱を持つことなど論外だった。このようなカースト制度により、今どきの筆箱を贈れば感謝され、運がよければ自分の階級も上がり、自分の誕生日にはお返しとしてさらに最新型の筆箱をもらえるというウィンウィンの関係がそこにあった。しかし値札には最低でも0が3つはつくため、私が友達に筆箱を贈った記憶はなく、贈られた記憶もない。安物の筆箱を使う親友に自分のおさがりをあげる始末だった。
母は誕生日が「何かプレゼントとケーキの日」となることを危惧していたようだった。誕生日とは読んで字の如く「誕生した日」であり、「あなたが生まれてくれて、出会えた」こと祝う日なのだと語っていた。母は必ず私の誕生日には手紙を書き、娘にもそれをさせた。「モノでは伝わらない何かを言葉にするんだ。人類の言語発達の意義はそこにある」と小難しいことを論じていた。幼いころこそ渋々だったが今ではその事が染みる。誕生日プレゼントに手紙を添える人は周りにはあまりいない。そんな時、どんなものをもらっても、それこそ高価な筆箱を頂戴しても、どこか心に穴が生じ、すきま風が冷気を誘う。何だか物が普段より無機質なモノに見え、「これで満足か。お返しを待っているぞ」という言葉がどこからか聞こえてくる。だから私は人にプレゼントを贈るときは、同じ思いをさせないよう必ず便箋一枚以上の長文を添える。この習慣は5年間ずっと続けてきた。

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