【ARUHIアワード9月期優秀作品】『あいつの長い髪は』町田 舜

 家に帰ると有美がまだ泣いていた。チャーリーを抱いている。彼もきゅいきゅい言っている。
「この子に名前をつけてあげようよ」
 ユカが隆夫にキンクマくんを持ってきた。
「そうだな。なにがいいかな」
「ハートくん。鼻がピンク色でハートの模様があるから」
 有美がチャーリーのつやのある背中を撫でながら言った。今、名前をつけられたハートは、眠気眼で空気を嗅ぎ、大きなあくびをした。この三人と二匹でこれからは生きていくんだ、と隆夫は思った。
 夜中、ユカを寝かしつけた後、隆夫は有美と一緒に風呂に入った。
 狭い浴槽で二人は向かい合う。有美のまぶたが赤く腫れている。
 髪を洗って、と有美が静かに言った。
 隆夫は、シャワーを天井に向けて噴射した。水滴がぽたぽたと落ちてきて、二人の汗と混ざり合った。
 シャンプーをプッシュして手に取り、丁寧に泡立てる。有美の細い首筋からそっと指を入れた。後頭部からゆっくり泡を伝わせる。   
 コシのあるいい髪だ。オレの指の腹が、有美の頭皮とくっついてしまえばいい、と隆夫は思いながら、毛穴の汚れを落としていく。
 シャワーで全ての泡を洗い流す。水でくっついた髪の隙間から、地肌が見えた。
 チャーリーの毛みたいにつやのある髪にしてね、と振り向きざまに有美が言った。
 あいつを殴っておくべきだったかもしれない、と思いながらトリートメントを髪になじませて、隆夫は、何度も何度も有美の頭を撫でた。

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(最終更新日:2019.12.23)
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