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 冷蔵庫を開けると、チャーリーが鳴いた。夏の日差しの中、彼は両耳を上下に動かして、ピーマンを催促する。元気なモルモットだ。一日中、チモシーやペレットをほおばり、疲れたら横になる。西日が強くなる午後には、戸棚の奥に隠れてひっそりと過ごす。朝になったら、大きく丸みを帯びたお腹を揺らしながら、元気よく走り回るだろう。
 チャーリーが、スーパーの袋のこすれあう音にいっそう鳴き声を強くさせ、隆夫の耳に訴えてきた。そんなに鳴くと、暑さに参ってしまうぞ。冷蔵庫を開けたのはおまえに野菜をやるためじゃないんだ。生卵とミルクを取り出すためなんだから。
チャーリー、オレは今から工場で漬物をパックに詰めて来なくちゃならない。隆夫は目玉焼きを白飯の上で潰してかき込んだ。

 工場服に着替えて始業時間を待っていると、有美が上機嫌でロッカーから出てきた。
 彼女は、工場長に髪を切れ、と散々言われていたけれど、それに応じようとはしなかった。ロングヘアーはあたしの代名詞なの、とわけのわからないことを言ったものだった。
 きみ、髪の毛を切らないか。食品を扱う工場で衛生面に気を使わないといけないことくらいわかるでしょ? 隆夫はふざけて工場長の真似をして有美に話しかけた。
 長い髪を後ろで束ねながら、一瞬むっとした表情をして有美はこちらを見た。
「子どもは元気?」
「元気よ。ユカはこの間、逆上がりができるようになったの。そっちの子はどう? あの子に会いたいってユカがうるさくって」
 四本足で歩く毛深い小動物。あいつなら今頃、暑さにへばって寝っ転がりながら、牧草を食べているはずだ。
 コロコロを使い、全身のほこりやゴミや髪の毛やらを根こそぎ掃除する。それから、マスクをして衛生帽をすっぽりかぶって、ビニール手袋を何重にもしてつける。その後にまたコロコロで全身をなでる。
 これだけ清潔に体を覆いつくしたとしても、髪の毛が落っこちてしまうことがある。
 パート歴二十三年の福岡さんはこの間、襟足に毛髪がついているのが見つかった。だから、従業員の内でヒヨコと呼ばれる黄色い帽子を、辱めのために被らされている。これは被っている本人だけじゃなく、従業員全員に注意を促す役割があるらしい。
 着替えが終り、階段に差し掛かる。小窓から四角く切り取られた淡い光が入り込み、薄暗い壁を照らす。隆夫は少しでも日差しを感じようと手を伸ばした。
 後がつかえるので、右手をその光に残し、体だけ下していく。階段を下りると、ひんやりとした空気が隆夫を包み込んだ。体中の汗腺に冷気が入り込む。だが、右手だけが暖かい。とうとう、右手に照らされる光が途切れてしまう段階に差し掛かる。すると、工場までの自転車通勤で火照った全身が涼しさで満たされていくように感じた。
 下駄箱で長靴を履き替える。この段階までくると、隆夫も有美も真っ白で誰が誰だか分からなくなってしまう。
 隆夫は笑みを浮かべた。これじゃ、まるで、オレは医者のようだな、と。おい、包丁を取ってくれ、白菜を四等分に切って袋に詰める。なあ、チャーリー、倉庫からなますを取って来てくれないか? パックに詰めなくちゃならない。 そう、隆夫が言えば、チャーリーは仲間のモルモットたちを呼んできてくれるだろう。そして、黄色い頭のヒヨコが入ってきたら、猛烈に鳴き叫び警笛を鳴らすことだろう。
 工場長の機嫌は悪かった。
 短期バイトで雇った学生たちが無断欠勤をしていて、その分仕事が延びているからだ。おかげで隆夫たちは残業しなければならなくなり、彼の怒鳴り声を聞く時間も長くなる。
「そりゃ、学生さんだって夏休みに働きたくないわな。おれたちだって好きでこんなところで働いているわけじゃないし」
 青木のおじさんが隣の隆夫にこっそり言った。彼はホテルの副支配人を任されていたけれど、隆夫がここで働くずっと前にホテルが潰れてここにやって来た。人を使っていた者が、今は人に使われる者になっているというわけだ。

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