【ARUHIアワード9月期優秀作品】『我が家のある日の出来事から』本多 ミル

 低い階段を上がると土手の下では、釣りをしている人達がいた。この川では、釣っても逃がしている人が多い。食べれないのかもしれないけど……。
 釣り船を出す小屋がある。海の方向に向かえば食べられるものもある? どうなのかしらん!? と思いながら、私はまだまだ歩く。というのも、せっかくカニ子を逃がしてやるのにすぐに捕まったり、魚に食べられたり、傷つけて死なせたくはないからだ。
 釣りをしているおじさん達が立っている後ろを、大きな虫カゴを抱えて歩いているおばさんは、何人かに怪訝な顔をされた。それでも、私は、カニ子を逃がす安全そうな場所を探して歩いていた。鉄橋の下、そこにコンクリーの柱があって、あちらに行く道が遮断されている。そこは天井が低く、釣り人がいない。川から、海の潮の匂いがした。川の陸側は狭くて、人は歩けないし、上の土手に向かって草がボウボウに生えている。

「ここだね! 早くおうちを作って家族を作るんだよ」
 私はそう言って、カゴの天井を外して横にした。カニ子は、その出っ張った目で、一瞬私の顔を見つめた気がした。それから、チャッチャッと、音はもうずっと長くはしなかったが、鉄橋の下の狭いその砂地から陸側の草の中に向かって、横歩きで急いで消えてしまった。その様子は、とても生き生きとしているように見えた。本能的に、きっと自然の匂いと自分がどうあるべきかを感じたのだろう。
「毎日を気分よく、楽しく暮らせたらそれがハッピーだね」
 段々と壊れていき、出来ないことが多くなっていく母だが、それが自然なのだと受容しようと思う。人間には、思いやりと愛という感情があるのだから……。

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