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 ある日の朝のこと、思いがけない出来事があった。これがきっかけになり、実家に戻った私と母親、ヘルパーさん達との関係がいい感じになって、ちょっぴり楽しい我が家の毎日となっていった。
 その出来事とは、一匹の小さなカニを捕まえた事である。少々認知症が進んできた母親の面倒を見るために、私は実家に帰っているのだが、毎朝、マンションの階下にあるポストに朝刊を取りに行く。母は、朝の習慣で新聞を読むのが一番の楽しみなのだ。もはや、ポストの暗証番号も忘れてしまったり、新聞の内容も理解しているのかも疑問なのだが……。それでも、まず朝刊に目を通すのが日課だ。

 その日、整然と並んでいるシルバーのポストの前に立っている私の足元を、小さなサワガニが横歩きしていた。赤いサワガニは、あの猿蟹合戦のカニであろう。とっさに、私はしゃがみ込んで、それをしみじみと観察していた。なんだか気になる。こんなところに何故カニがいるのだろう。無機質なコンクリートの壁を伝い、朝の新鮮な潮の音と香を感じたような気がした。数分は見ていた。そいつは、ようじの頭ぐらいの小さな出ている黒い目をのばすようにして、こちらを窺いながら横に行く。そっちの方向を見ないと、ぶつかるよ! と思いながら、そのおもしろい歩き方を見ていた。
 一度エレベーターで七階の家に戻って新聞を母に届けたが、カニが気になって仕方がない。どんぶり型のタッパーを持って、またその場所に戻ってみた。カニは、危うくマンション裏口玄関の自動ドアに挟まれる寸前のところで、ウロウロとしていた。 タッパーに入れてカニを捕まえた私は、それに「カニ子」と名付けて、しばらくペットにして飼ってみることにした。

「なに、それサワガニ? 長野に疎開したときは、いつもそれをたくさん捕まえて火を入れて食べてたわよ」
 認知症の母の記憶は、昔の思い出だけは鮮明なのである。母は、見るともなしに見ていた新聞を閉じて眼鏡を上げた。
「死んだ姉さんがね、これを婆ちゃんが炒ってるとすごく嫌な顔をして、なんだか怒っていたの」
「だけど、食べなくちゃいけなかったんだよね。食糧難だから」と、この手の戦後の食糧難のお話は何度も繰り返し聞くが、私がそう返す。
「弟達は育ち盛りだし、貴重な栄養だったから……」と、母はまた次の買い出し列車という……苦労して田舎に食料を貰いに行った話へと発展していく。戦争中の話は脳裏に焼き付いており、際限がない。

 私は、カニ子を捕まえて大きな金のタライにまず入れた。ちょうど、母の心が少しでも和めばと花瓶に花が生けてあったので、そこから差しさわりのないような葉と、太い茎を金タライに入れた。湯冷ましがあったから、カルキは抜けているだろうと、それでそれらを浸して入れた。カニ子はまだ若いのかとても活発だった。母がタライを叩くと、チャッチャッ、チャッチャッと音を立てて右に左にと横歩きを繰り返した。
 それは、ハサミを上にあげたり、シュッと閉じて前で手を合わせて、ウイッシュとポーズを取るのが滑稽でかわいらしい。小さなコメディアンのようにも感じられ、母はタライの端を叩いては微笑んでいた。
 スマホでググって、サワガニの飼い方なるものを調べてみる。このままの金タライではストレスもあるだろう。なにかカニ子の家にするカゴを買ってこなくてはならない。 
 カニは共喰いすることもあるらしいので、一匹のまましばらく保護してみようと、私は思った。このところ、台風が次々とやってきてるし猛暑続きだから、それが過ぎたら裏の土手に行って、川近くに返そうと考えた。どうやらこいつは、必ずしも川だけに住むのではなく、そう長くはなくとも脱皮するまでは、陸にも生きられるようである。
 この大型マンションの後ろには、江戸川がある。その遊歩道がある川沿いのこちら側は、大きな公園になっていて、夏休みに入る今頃は、子供達を連れて家族連れが多く遊びに来ている。したがって、我が家の裏側のベランダからの眺めは、障害物もなく大きな川向こうまで見えて素晴らしい。それにしても、このカニ、川までは少なくとも数百メートル以上はあると思うのだが、これを歩いてマンションの中まで来てしまったのだろうか? それとも子供が持ってきてしまって逃げたのだろうか?

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