【ARUHIアワード9月期優秀作品】『ジグソーパズルの欠片のように』もりまりこ

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた10の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 すべてのことを終えて、フローリングにへたりこむ。久しぶりの汗をかいて、
この部屋ってこんなに広かったかなって、途方に暮れる。
 後は、ほらあのふたつ並んだ椅子を梱包してもらえばすむだけ。
 すむだけっていいながら、やわらかい木調のダイニングチェアをまるでじぶんの部屋の椅子じゃないみたいに見てる。
 あの日、家具屋さんで海さんとふたりで椅子を選んだ。
 椅子はそれぞれ好きなの選ぼうよってことになって、そのフロアからスタートして、終わり時間だけ決めて、ふたりべつべつに選んだのだ。時々、海さんとすれ違ったら、きれいな女性の店員さんに何かお探しですか? って問われてすっごく嬉しそうにしながらも、今関わらないでオーラ全開で、すっとその人の側からいなくなった。遠くで目があったから、笑った。不器用っていうか社交がなってないっていうか。そういう嘘のつけないところが、みんなに愛されてるんだけど。それで、しばらくしてからスタート地点の盗難防止用のゲートのある出入り口付近に時間通りにゆくと、海さんはすっきりした顔でそこに立っていた。
「で?」
「決まった?」
「うん、決まった」
 俺のは、こっちにあるっていう方向はフロアを入って二列目のまんなかへんで確かにわたしが好きなのもここらへんって思って、海さんが指差した椅子を見たら、それわたしのって叫んでた。椅子の背のカーブが楕円みたいになっている。ウッドの色もすきだった。
「波もそれなの?」
「だってそれわたしのだけど」って勝ち誇ったみたいに笑ってみる。
「へぇ~。そういうことってあるんだ」ってふたりでおなじ椅子を2脚買った。

 あれから5年経った。でもよくみると、海さんの座っていた椅子とわたしの椅子、そのふたつはまったく同じじゃないことがわかる。座っていた時間なのかなになのか。
 海さんは椅子の前には机を置かないでただ座って、コーヒーを飲む。時にはそこに座ってサッカーを見る。サッカーじゃないよフットボールだよって言いなおされながら。

 そこに腰掛けていたふたりのすがたが目に浮かんでくるような気がする。
 椅子の座面のへこみかたが、微妙にちがう。ふたりの椅子って決めていたから、わたしは海さんの椅子に座らなかったし、頑なに。たぶん海さんもわたしの椅子に座らなかったんだと思う。一度だけ、写真を撮ってあったって思い出して、引っ越しの段ボールにマジックで<リビング>って書かれた箱を開ける。
 ゆびで探って、ぷちぷちに包まれた写真のフレームを探り当てる。
 あった。これこれ。あの日の写した椅子が今と同じ椅子が写っている。
 日付は<2014年9月24日>になっている。ちょっと忘れられない心に刺さってきそうな大切な日だった。
 誰もいないのに、そこに写っている時間は、まぎれもなくふたりの時間で。
 海さんにこんなの撮ったって見せたら、いいねって言ってくれた。
 なんだかんだいっても海さんっていつもどこかで、すっぽりと受け止めてくれる人だったと思う。写真を見せた後、こんなの読んだよって新聞の切り抜きをみせてくれた。そう海さんは紙の新聞が大好きで。スマホのほうが簡単に読めるよゴミも出ないしっていったのに、ずっと新聞だった。それをあの椅子に座って、ときどきばりってページをめくるとき音を立てて読んでいた。
「時間っていうものが、過去現在未来という一直線の流れじゃなく、混ざり合ったり集まったりしてるように感じることがあるんです。って記事を読んだばっかりだったから、波の写真みてシンクロした感じ。いまぞわっときたよ」
 そう呟いた後しずかになったなって思ったら、静かに寝息が聞こえてきた。
 海さんが、ぞわっときたよって言った言葉の意味をかみしめてみる。
 時間と空間がどこかゆらいでいる感覚をもたらす不安と安堵。
 海さんのなかで、ちょっと昔もすごい昔もゆれているのかなって。
 

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