【ARUHIアワード9月期優秀作品】『家族とマイホーム』吉岡 幸一

 戸別の二階建て住宅、それがマイホームだ。庭は洗濯物が干せるくらいの広さだし、隣の家は板塀で区切っているだけなので、こちらを覗こうと思えば覗くことができる。マイホームの二階は私と夫の寝室、となりに子供部屋。一階はリビングに六畳の和室がひとつとキッチンダイニング、それに風呂、トイレ等があり、玄関をでた横には車一台分の駐車スペースがあったが、エンジニアの夫は職場の工場までは車通勤なので昼間車は止まっていない。
 もし母が来てくれたなら一階の和室を使ってもらおうと考えていた。老人の足で二階への上り下りは大変だろうし、母は和室でないと落ち着かないと思ったからだ。夫もそれでよいと言ってくれた。
「僕はもう親孝行ができないけど、満子はまだできるんだ。後悔しないようにしないとな」
 夫には親孝行をしないまま両親を亡くしたという想いがあった。夫の両親はふたりが結婚をしたその年に交通事故にあって、あっけなく亡くなってしまっていた。
 夫が学校を卒業し就職し家庭を持つまで育てあげ、親に頼らなくても生きていけるようになった途端、二人とも死んでしまったのだ。だから夫には何一つ恩返しができなかったというつよい後悔があるようだった。
 私の母に対する気持ちを一番理解してくれるのは夫かもしれない。母がいれば気遣いだってするだろう。パンツ一枚で家のなかを歩きまわることだってできなくなる。くつろげる場所でなくなることだって充分にある。それがわかっていても夫は反対をしなかった。私は夫の優しさを無にはできないと思っていた。
 一緒に暮らすことがはたして親孝行になるのかわからない。母がこの先もずっと元気ならば実家にいさせてあげたいとも思う。口は達者だが体は弱い。心臓に持病を抱えている。いつ倒れたっておかしくはないのだ。娘の世話になるなんてプライドが許さないのかもしれないが、やはりそれでも共に暮らすことが親孝行になると思わないではいられなかった。

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