テレワーク活用と道路利用の自粛は必須。東京2020問題を乗り切る方法とは

開催まで1年を切った東京オリンピック・パラリンピックですが、この夏、オリンピック競技場や交通実験を通してさまざまな問題点が指摘されてきています。遮熱舗装で路面温度は下がっても路面から50cm、1m、1.5mの空間では逆に気温が上がってしまうことが実証されたり、オープンウォータースイミングの会場であるお台場海浜公園の海水から基準値の2倍の大腸菌が検出されたり、海の森水上競技場の観客席の屋根が半分しかなかったり…。さらに交通実験では高速道路の渋滞緩和はできたものの一般道が渋滞したりと、懸念事項が続出しているのです。あと1年でこれらの問題をクリアすることができるのか、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会や東京都の取り組みを検証するとともに、専門家の意見を伺ってきました。

交通需要マネジメントと時差出勤に取り組んだ企業、3,769社

東京都オリンピック・パラリンピック準備局では、7月22日(月)~9月6日(金)を「2019年スムーズビズ推進期間」として、道路や鉄道の混雑緩和のための交通規制と時差出勤の推奨に取り組みました。参加企業は、交通需要マネジメント(TDM)が2,457社、時差出勤(時差Biz)は1,312社に上りました。8月26日に発表された検証結果の速報によると、「大会輸送の円滑性は一定程度確保可能」としながらも一般道で渋滞が発生したことから、大会までに取り組みの周知徹底と追加対策が必要であると結論付けています。

マイカーへの高速料金上乗せ1,000円+夜間割引(半額)で混雑緩和

道路交通の混雑緩和の追加策として導入が決定されたのが、日中の高速料金の上乗せです。自家用車を対象に、6時~22時の都内区間全域で現在の料金に1,000円上乗せとなります。現在、ETC車の基本料金は普通車で300~1,300円ですから、期間中は1,300~2,300円になるわけです。実施期間は、2020年7月20日~8月10日と8月25日~9月6日で、トータル35日間。一方、首都高速全線でETC搭載車両すべてが午前0~4時の間は半額となります。これらの対策により、日中のマイカー利用を減らし深夜移動へと交通シフトを図ろうというわけです。

オリンピック期間中の首都高は深夜移動がお得になります

開会式・閉会式はG20並みの交通規制を行うべき

今年6月に開催されたG20大阪サミットの交通事情を取材に行った、航空・旅行アナリストの鳥海高太朗さんは次のように話します。
「東京オリンピック・パラリンピックの開催期間に都市生活者が一番困るのは車移動です。G20の際は阪神高速を全面通行止めにしたため、バスもタクシーも使えず鉄道で移動するしかありませんでした。セキュリティを考えると、東京オリンピック・パラリンピックでも開会式や閉会式など主賓クラスが訪日する際はG20並みの交通規制を行うべきかもしれません。ただ、世界各国の要人だけでなく一般の観戦客も訪日するため、首都高速を全面通行止めにするのは難しいでしょう」

だからこそ、都内での不要なマイカー利用は自粛する必要があるといえそうです。

G20 大阪サミットの際の関西空港駅。鉄道チケットを求め長蛇の列ができました(鳥海さん撮影)

通勤ラッシュと観戦客の遭遇で乗り換え駅が大混雑!?

2016年に東京オリンピックでの鉄道混雑を推計する広域シミュレーターを開発し、昨夏、国内大手メディアに数多く取り上げられた中央大学理工学部の田口東教授は、次のように警鐘を鳴らしています。
「たとえば高速道路の渋滞は、車が上り坂やトンネルで少し速度を落としたり、流入点で少し増えたりすることが引き金になって起こります。それと同じことが、朝の『東京駅』や『新宿駅』とかで起きて、人が進まなくなります。オリンピックの観戦客は首都圏の鉄道に慣れている通勤客と違って右も左も分からないので、単に人数が増えるだけでなく、混雑のより強い要因になるでしょう。わずかでも人が進まなくなる現象が起きると、次から次に人が増えさらに進む速度が落ちていきます。そしてホームが人でいっぱいになると電車への乗り降りができなくなり、それで電車も止まります」(FNN.jp PRIME online, 2018.5.2配信)

東京都が実施した交通規制テストの検証結果においても、通勤ラッシュのピーク時(午前8時台)の駅に到着する人数の変化は、霞ヶ関や浜松町、都庁前では約12~22%の減少が見られたものの、渋谷や赤坂、八重洲・日本橋などでは約1~6%増という結果が出ています。競技場への最寄り駅や乗り換え駅となるターミナル駅は、できるだけ避けるようにしたほうがいいようです。

東京駅丸の内の通勤光景

深夜ビジネスや新サービス提供の商機に

大混雑が懸念されている都内の鉄道網ですが、新たな商機が生まれる可能性もあります。

「東京オリンピック・パラリンピックでは、競技の終了時間が遅いうえ、最寄り駅の大混雑を避けるために1つ手前の駅で降ろされて歩くよう促されたりする可能性が高い。そのため、豊洲や臨海地域、新国立競技場や選手村付近の駅の利用者はちょっと大変だと思います。ただ、鉄道の場合はラッシュ時並みに本数を増やすとか、運行時間を延長するなどの対処ができますから、あまり心配はしていません。むしろ、鉄道の深夜運行により深夜ビジネスが盛り上がることを期待しています。そうなると、将来的に深夜運行すべきだという議論が沸き起こるかもしれませんね」(航空・旅行アナリスト鳥海高太朗さん)

「競技場の最寄り駅は、前後の駅から歩いてもらうのが一番だと思います。学術的な記事では書きにくいことですが、普段とは違いたくさんの人が来るので『商売』にとってもいい機会でしょう。商売という言い方が悪ければ『日本を知っていただく』いい機会だと言えます。
暑い時期だから涼しくする工夫をしたうえで、1つ2つ前の駅から歩いてもらい、そこでいろんな商売をする。競技場は、開始時間より早く来てもらうよう宣伝して、スポーツ教室や楽しいショーを開くなど、時間もお金も使っていただく。普通の混雑緩和方法のような寂しい話ではなく、せっかくの機会にきちんとサービスして喜んで帰ってもらいましょうというのが僕の真意です」(田口教授/FNN.jp PRIME online, 2018.5.2配信)

テレワークの活用がメディアのトレンドに


9月9日未明、台風15号が首都圏に上陸した際に話題となったのがテレワークの活用です。大型台風上陸に備え、タイムライン防災としてJR東日本は在来線全線で始発から午前8時までの運休を発表していました。しかし倒木や飛来物などの影響で運行再開が遅れたことにより、多くの駅で入場規制がされ大混雑に陥ったのです。そんな中、テレワークを活用することで混乱を回避した企業がメディアの注目を集めました。


「無理して出社せず、テレワークをするなど各自安全第一で行動してください」。台風の首都圏直撃が確実になった8日昼過ぎ、テルモは社員に緊急メールを一斉送信した。(日経ニュースメール、2019.9.9 17:54配信)


ソニーの本社(東京都港区)では、JRの「計画運休」などによって出社できない職員に対し、自宅で仕事をする「テレワーク」で対応するよう求めた。同社広報は「広報チームもほとんどの社員が出社できていない状況だ」と話した。(THE SANKEI NEWS、2019.9.9 12:50配信)


IT企業のアステリア(東京都品川区)はこの日、出社せずに仕事をするテレワークを社員に推奨した。通勤への支障や社員の安全を考えたという。(朝日新聞デジタル、2019.9.9 18:37配信)


実はこの夏、「テレワーク・デイズ2019」という、働き方改革の国民運動が展開されていたことをご存じでしょうか。7月22日から9月6日まで、全国3,000団体・60万人以上(目標)がテレワークに取り組む運動が実施されたのです。音頭をとったのは総務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、内閣官房、内閣府および東京都など。まさに国を挙げてテレワークの一斉実施を呼びかけたのです。しかし、こうした国の働きかけ以上に、今回の台風15号により、混雑や混乱が予想される事態に備えてテレワーク制度を整えておくことがいかに重要か、多くの人が実感したのではないでしょうか。

先進都市におけるオリンピックの最重要課題は物流と空港

国際線旅客ターミナル展望デッキから見た羽田空港

東京オリンピック・パラリンピックはロンドンオリンピック同様、交通インフラが発達した先進都市での開催なので、大きな混乱が起きることはないという意見もあります。
「一般の方は、マイカーの使用を自粛して公共交通機関を利用するようにすれば特に困ることはないと思います。大変なのは、日頃都内を車で回っている営業マンやコンビニの搬入業者・宅配便などの物流関係の方々ですね。また、各国からチャーター機が飛んでくるため空港の混雑はすごいことになるでしょう。チャーター機については、羽田枠と成田枠があり、現在、枠調整を行っています。基本的に、首脳クラスは羽田空港を、選手団のチャーター機は成田空港を利用することになると思います」(鳥海さん)

また、各省庁が暑さ対策に取り組んでいますが、いまひとつ決め手となる策が出てこないことが気になります。新国立競技場の風の大庇、風のテラス、気流創出ファン、ミスト冷却装置、大型冷風機などがどこまで威力を発揮してくれるのか。また、街路樹の剪定やうちわ・紙帽子の配布、東京都が発表した日傘帽子(!?)に至っては、むしろ不安が増すような気がしてきます。
ただ、9月4日、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会は、降雪機の活用を検討すると発表。2019年9月13日に海の森水上競技場で行われるカヌー・スプリントのテスト大会において、屋根のない観客席に約1トンの人工雪を降らせる実証実験を行うとのことです(追記:※こちらの実証実験は残念ながら効果なし、という結果になりました。ただし、「観客に楽しんでいただくために、実施する可能性あり」だそうです)。
大会開催まで1年弱、まだまだ暑さ対策の模索は続くようなので、期待したいところです。

航空チケットは早めに、ホテル予約はタイミングを見て

また、都内は予想されているほどの激混みにはならないとか。
「ロンドンオリンピックや今年のゴールデンウイークの10連休、G20が開催された大阪の状況などを勘案すると、都内が大混雑することはないでしょう。なぜなら、オリンピック観戦客は増えるとしても、ホテル代の高騰により旅行目当ての訪日客が減るからです。実際、今年のゴールデンウイークはホテル代が異常に高かったため訪日客が激減しました。ただ、歴代のオリンピック・パラリンピックに比べてチケットの売れ行きがずば抜けていいので、東京一極集中となって地方の観光地がガラガラになる可能性はあります。そもそも世界的にオリンピック・パラリンピックの開催期間中、旅行者の客足は落ちる傾向にあるんです。旅行に出掛けるより自宅でテレビ観戦したほうが楽しいですからね」(鳥海さん)

2012年に開催されたロンドンオリンピック メインスタジアム付近の様子(鳥海さん撮影)

また、チケットが入手できた人は早めに航空チケットを予約するのがお勧めだといいます。

「国内線航空券の予約は従来2~5ヶ月前が一般的でしたが、ANA・JAL共に現在では1年前から予約できるようになりました。早割も使えますので、観戦チケットを入手できた人は早めに航空券を予約したほうがいいでしょう。一方、ホテル予約は間もなく価格合戦が始まって、間違いなく強気な価格設定がされるはずです。一時的には5倍、10倍の価格となるでしょう。ですが、直前になって団体客のキャンセルが出たり部屋数調整のために価格が下がる可能性が高いと思います。ですから、ホテルはタイミングを見計らって価格が下がり始めてから予約した方がいい。ロンドンオリンピックのときも、1週間前には通常価格の1万5,000円前後で泊まれる宿がけっこう出てきましたから」(鳥海さん)

外資系ホテルチェーンや客室500以上の大規模ホテルなど、都内の主要ホテルは大会組織委員会やゴールドパートナーなどが客室をおさえているため、一般客が予約をするのは難しいそう。「狙い目はビジネスホテル」(鳥海さん)ということなので、通常価格のまま予約できるようであれば早めに、値上がりしている場合は価格設定が引き下げられるのを待つのが得策のようです。

まとめ

いかがでしたか? 東京都内で暮らす人々にとって、国内外から観戦客が押し寄せる東京の混雑ぶりは未知数で、不安を抱えている人も多いと思います。けれど、備えあれば憂いなし。テレワークや時差出勤を取り入れる、自家用車には乗らず公共交通機関を利用する、開催期間中に可能な限り有給休暇を取るなどの対策を立てておけば、案外困らずに済むかもしれません。

(取材協力)
鳥海高太朗
航空・旅行アナリスト 帝京大学非常勤講師
航空会社のマーケティング戦略を主研究に、LCC(格安航空会社)のビジネスモデルの研究や各航空会社の最新動向の取材を続け、経済誌やトレンド雑誌などでの執筆およびテレビ・ラジオなどでニュース解説を行う。飛行機ニュースサイト「ひこ旅」編集長。著書は「天草エアラインの奇跡」(集英社)「エアラインの攻防」(宝島社)など。

(最終更新日:2019.10.15)
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